D旗たなびく

忘却甚だしく、メモ代わりにちょっと書くだけ。 コメントは受け付けていません。

ここのところ大気が不安定で、とんでもない集中豪雨となる。昨日も今日も夜になると断続的なゲリラ豪雨。うっかり散歩もできない。

『雨宿り 額の文字を よく覚え』 

なんて小粋な川柳の一つもひねり出したいが、山門で雨宿りなんて風情じゃない。
雨溢れ 寝ぼけた犬が 吠え続け てなもんだ。

今日は健診とがん検診の日。面倒だから一緒にやってくれと頼んだが、相変わらず予定時刻より45分も遅れて始まる。朝飯抜いてるんだからさあ、少しは時間守ってくれないかねえ。
「採血しますから、朝早い方がいいですね」って、予約時に言ってくれたのを真に受ける私が悪いのか。
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担当した若い医者に、特定健診なんて、すでに高脂血と高血圧の薬をもらってるいるのだから受ける必要があるのか訊いてみた。
「毎月、クリニックで血圧などの測定してますし、年に一度は採血もあるんですよねえ。薬も処方されてますから、別に受けなくてもいいんじゃないでしょうかねえ」ときた。
それ、言質。来年からやめるぞ。
まあ、がん検診は他のクリニックに行こう。

結局終わったのが11時過ぎ。結果は一月後。
お腹が空いたので何か食べようと思ったが、最近はみんな11時半の開店。朝飯重視の私にはその20分ほどが待てない。コンビニで昼飯分も合わせてごっそり買って帰る。
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 また雨降るかもよ。

リルにじっと見つめられつつ食事を済ませると、ミニバイクで最寄りの警察署へ。
車の免許更新。
二俣川の運転免許センターへ行けば即日交付なのだが、ここがまた不便なところ。前回行ったときはたまたま別の用事が入っていたからで、横浜駅で電車を乗り換えると言うだけで面倒。即日配布といいながらたっぷり半日かかるから、地元の所轄へいったわけだ。
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が、なんというか警察事務の横柄な事。いかにも面倒な顔をしながら、免許証の自動読み取り機や、それと一緒に出てくる更新申込書の書き方を口早に説明すると、適当な視力検査だけ行う。
今回も「眼鏡」無しだが、私の乱視では”C”の記号が三つくらいに見える。まるで万華鏡だよ。
で、免許交付と講習は2か月後に区庁舎内にある公会堂で行うと言う。そんなことはどこにも書かれてないから、
「えっ、区役所?」
思わず聞いてしまう。この警察署からだって区役所に行くには地下鉄で3駅。我が家からだとバスの乗り継ぎか、私鉄でやはり3駅乗って共に15分歩く。なんで警察署でやらないのよ。
「都合が悪かったら、二俣川の運転免許センターに行ってください」だと。
こんな自分たちに都合がいいような合理化してるから、脱獄されるんだよ。

帰りがけ実家に立ち寄る。
まあ、最近はエアコン点けなくていいし、在宅医療システムも入ったし、宅配のおかずも頼んでるから、様子見程度。カニ会席以後父の状態はすこぶるよく、
「市の長寿番付トップを狙う」などと口走るようになった。
母に長生きしてほしいと言われたからだ。
つまり、母は一人残されたら生きていけないと自覚したわけだ。
なんでもいいから、長生きしてほしい。
でもさ、長寿番付一位って何歳なんだ?こっちの方が危ないよなあ。
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夕方には帰宅した。できればマリーナにでも行きたかったが、案の定大気不安定。
千葉の方は確実にゲリラ豪雨になっている。
留守番させた上に雨に降られたのではリルも頭にくるな。
西風が心地よいので散歩をする。それでも頭上には黒雲がかかり始める。
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 暑くないよ、雨も降ってないよ。

我が家の周辺には新築物件がいくつも売りだされている。つい半年前まではバラを愛でていた爺様や、庭木の手入れをしていた婆様が住んでいたところだ。
オープンハウスと銘打った新築の家では見学に来た家族の子どもの声が響く。
こうやっていつも新しく何かが変わっていくのが都会なのだ。10年もするとそこに以前誰が住んでいたかもわからなくなる。

明日から息子が実習で山形へ行く。10月いっぱいまで帰ってこない。
リルは寂しいだろうなあ。でも、あと2年もすれば家を出ていくかもしれないから、予行演習ということで。
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しょうがない、脱走者に少し小遣いやるか。








敬老の日はいつの間にか週明け月曜代休になっているが、9/15は老人の日。
今週はバタバタしていたので、実家に顔出しする日が少なかった。
まあ、涼しくなってエアコンの心配もなくなったし、今のところは大きな変化もないから、せいぜい昼飯を作りに行くくらいなんだが。
そこで今日は昼のカニ会席に両親を連れて家族で出かける。リルは留守番。
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敬老の日はここ何年か伊勢佐木町にあるカニのチェーン店で会席を食す。
年をとってめっきり食が細くなった両親も、少しずつ出される会席だと案外食べる。それでも量の少ない一番手ごろなもので十分だ。
ゆでガニ、カニ刺し、カニサラダ、カニコロッケ、カニ釜飯などと進んでいくうちに、私自身腹が満たされていくから、本人たちはいつもの倍くらいは食べてるだろう。
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4,5年前までは家でBBQしたり、鮨を買って持って行ったり、息子もわずかばかりの小遣いで健康グッズのようなものをプレゼントしていたが、今ではこのミニ会席が恒例になった。
こうなるとリルはお留守番となり、カニの匂いをプンプンさせて帰る私たちに怒りのボディアタックをお見舞いしてくる。とりわけ今日は雨ふりで、どこにも出ていないから除け者にされたうっ憤を晴らすべく、やたらと吠えたてる。
カニ料理を食べながら、そんなリルの事を想うのである。
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 どこ行くのかなあ。

カニを食べてると、身をほじくるのに忙しく、ベラベラとした会話はできないのが通常。
大きな店でも昼の部は、客が多くても意外と静かなもんだ。それで個室となると、静けささえ漂う。
夜の部は酔客でうるさいから、行かないことにしている。
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毎年聞かされるのが、父のカニ獲りの話。
今ではほとんど見られなくなった石蟹だが、父が若い頃にはたくさんとれたらしい。
この春亡くなった叔父と父は、週の半分は本牧の海岸に出かけ、南京袋いっぱいに石蟹やワタリガニを獲ってきたという。戦争前の十代の事だ。南京袋なんて今どきは滅多に見ないが、米屋に行くとたまに見かける。船から小麦などを陸揚げするやつだ。
あの袋にまだ生きてるカニがごっそり入っているわけだから、かなり重い。本牧までは4,50分は歩くだろう。かわるがわる担いで背中はびっしょり、一日中カニの臭いが取れなかったのだそうだ。
これをドラム缶を半分にした鍋で全部茹でるのだから朝から食欲をそそるだろうな。
ゆであがったカニは朝食では熱々の茹でたてのものを、おやつには冷えたものを、夕飯には酢の物やカニ汁など料理されたものが出るわけで、カニが主食といってもいいような生活をしていたわけだ。

時々、小料理屋をやっていた強欲な伯母が父たちの南京袋を見て、借金のかたにみんな持って行ったという。どうも爺様の酒代がたまっていたらしい。
せっかくの苦労も祖父の酒代に消えることが度々あったようだが、その伯母はカニとは無関係に祖父にはちゃんとつけを払わせていたようだ。利子か?
カニを横取りされた日の小料理屋には、
「朝とりの渡り蟹あり」と書かれた半紙が入り口に貼られていたという。
まったくろくな親戚がいない。
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父が山育ちの母と結婚した当初、カニなどめったに口にしたことなどない母のために、(その当時は戦前戦後にかけて物がない時代だった)父は仕事に行く前に早起きしてカニを獲りに行き、一斗缶いっぱいにワタリガニを獲ってきて食べさせたのだった。
その母の嬉しそうな顔を見て、父は週に2度は早起きした。
カニを獲るといっても、岸辺でひょこひょこ歩いてる小さなマメ蟹じゃない。
沖まで泳いで浮き上がってる奴を網ですくうか、岩場に潜って素手でつかまえる訳で、簡単にはいかない。

私の小学生時代もその回数は減ったものの、時々カニを茹でる匂いで目が覚めた。
「若い頃、あたしが獲ってきたカニと、これと、どっちがうまい?」
「そうねえ、あの頃はこんなお上品のカニじゃなかったからねえ」
まあ、母はご馳走してる私たちに気兼ねしてるわけだ。
たまにそんな話をしていたら、いつのまにか1時間半が経っていた。
デザートと一緒に出てきたカニせんべいを、私はそっとバッグに入れる。
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 これはリルのおみやげ。

父も母も若い頃のことはよく覚えているのだ。
そんな昔話で明け暮れてもいいじゃないか。
父の嬉しそうな顔を見ると、なんだか心が温まる。
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 仏壇の写真にするからね~



日本語ボランティア教室の運営で四苦八苦の状態。
新人ボランティアは難しい。だいたい、入門講座の回数が少なすぎる。
やっと、後継者が来てくれたと喜んだのも束の間、即戦力としては程遠いから、何をしでかすかおっかなくてしょうがない。とはいえ、サポーター不足の現状では彼女たちを最前線に送り込まなくてはならない。
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 美容院に行ってフワフワになったリル。

この一週間、毎日夜遅くまで授業プランや指示書を作っていたので完璧に寝不足。
ベテラン二人の欠席で臨んだ水曜日は、新人一人が仕事の都合で大幅に遅れてきたので二人でスタート。
こんな日に限って、参加希望のブラジル人が日本人の奥さんと来室したり、しばらく休んでいたバングラデシュ人や先週来なかったヴェトナム人など4名が追加出席。
もうバタバタだった。
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遅れてきたOLは、仕事が忙しかったせいかひどく苛立っており、終了後の机の拭き掃除をお願いすると
「雑務をしにきたわけじゃありません」ときた。
ボランティアに雑務なんてないよ。
いつもはベテランが率先してやっていることで、手が空いている人が机を元に戻したりする。
私は本来彼女がやるべきだった登録カードの整理や会費の出納、施設からのアンケートを書いていたが、それは私が夜中に作った指示書を、彼女が目も通していなかったのでやっていたこと。
なんだか逆切れ状態で手に負えない。
だいたい、先週末から月曜まで三日間の旅行をしていたら、多少なりとも忙しくなるのは当たり前だろう。
それでも「私は必ずちゃんと教えられるようになります!」と根拠のない自信を持っている。
私が受けていた通信教育のテキストを貸しましょうかと申し出ると、
「忙しいので読んでる暇はありません」とふくれっ面で足早に帰って行った。
厄介だなあ。なんか職場を思い出したな。こうなるともう「仕事」だ。
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 昨日は公園で遊びまわったリル。

もう一人の新人は、20代。とても積極的でよく勉強する。ありがたい。熱心なのはエネルギーが満ち溢れているからなのだろう。日中友好協会にも入っているし英語も中国語も堪能だ。
責任を持たされて意欲満々なのはいいのだが、昼夜構わずメールや電話をしてくる。
今朝も、来週の教室プランの概要を電話してきたし、昨夜も電話だ。
ああしたい、こうしたいといろんなプランを話してくれるのだが、30代40代の外国人に「すごろく人生ゲーム」はないよなあ。
彼女は家庭教師をしたり、友好協会で中国の子供と遊んだりしてるから、その延長線で大人向けに手を加えようとしてるようだ。
学習者からすれば自分より人生経験の少ない彼女に「人生ゲーム」を教えられてもなあ。
却下!てな感じ。

お孫さんの出産でしばらく来れない主宰や、もう一人のベテランと連絡を取り、突如として入る問い合わせメールや電話の対応をし、元締め公益団体のデータベース検索機能の誤りを報告し、区のイベント準備会に参加する。これで一週間が過ぎた。
昨日はやっと休みが取れたっていう感じだった。
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 公園行っていっぱいお散歩したよ~

ただそれも日中だけで、夜はまた電話攻撃にさらされる。
海は遠いし、火曜の実家通いもさぼった。
ブログを書いてる余裕もなくなってきたな。だいたい内容が表題と合わない。

ベテラン二人も70歳になろうとしている。まだまだお元気だが、最近はお孫さんの世話が忙しい。
新人二人が入ったことで、逆に引退できると思っているかもしれない。
そもそも私が水曜の教室を任されるようになったのは、大ベテランの二人が70歳を機にお辞めになったからで、それまでは仕事をしていたこともあって私はただ外国人サポートをするだけだった。
それにしても仕事が多いのは、主宰が着々と私を代表の後釜に据えようとしているからで、それは単に年齢と経験によるものだ。いつの間にか既定路線に乗せられた。

あの新人二人、スカウトしてきたのは私だから、育成も私の責任。
よわったなあ。後釜に据えるのはまだまだ先だしなあ。孫なんて生きてる間に見られるかどうか。
これなら問い合わせの多いプライベートレッスンや、よく依頼を受ける中小企業への出前授業の方が楽だと思ったりする。
入れば入ったで、出れば出たで、どこの職場も忙しいに変わりないな。
って、やっぱり仕事か 海が遠いなあ。

さて、実家に行くか。


新しいワーキングチェアが届いて数日経つ。ほとんど仕事になっているボランティアの準備で毎日8時間ほどデスクワークを強いられるが、腰の怠さが軽減されたように感じる。
週に一度の接骨院通いも功を奏している。このまま健やかに育ちたいね。

午前中は相変わらずのデスクワーク。とにかくサポーター二人が休む今度の水曜日を新人二人と切り抜けねばならない。
だが、昼ご飯を食べ一服しながら青空を見上げていたら、急にアホらしくなった。
こんなことはことは夜やればいい。せっかく晴れてる日曜なのに、この缶詰状態では何のために仕事を辞めたのか分からん。これじゃあ我が家の独房囚人と変わりないな。
リルもつまらなそうにしてるから、マリーナにでも行こう。そう思い立ったが、今日はやたらと暑いうえに風も強い。
しばし待機して15時頃、高校時代の友人谷公に電話。
「そのなんだ、マリーナで夕涼みしよう」
「いいね」
お互い30分でマリーナには着ける。一応集合を16時とした。
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 また来たよ。

日曜ともあってそれなりに人はいたが、アウトレットは閉店しているので道が混まない。
谷公もほとんど同時くらいにマリーナに着いた。
それにしても他に行くところが無いのかっていうくらい、いつもマリーナだよなあ。それにさ、酒が飲めるわけでもないし、美味いものが食えるわけでもなく、谷公もよくひょいと来るよなあ。やっぱりハマッ子なんだなあ。
とにかくフネへ行く。なんとかの秘密基地だなあ。
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 ビッケ頂戴。

16時を過ぎると、海辺は涼しい。少なくとも汗をかかないで済む。
気心の知れた仲というだけではない。お互い年老いた認知症の親を持つ身だけに、日ごろ溜まったうっ憤を吐き出せる。
コクピット会談はいつも介護の現状から始まるわけだ。
谷公のお母さんは認知度に関しては、私の母親よりいつも一歩先に進んでいるからとても参考になる。
経済面のことや、遺産の話などもできるから、胸のつかえが少し取れる。
勿論、この手の話をするためだけに来てるわけではない。
奥さんの了解を得て、Bバースに置けるボート探しをしている谷公だから、いろいろ情報交換もする。
「両親のどちらかが倒れたら、フネを降りざるを得ないな」
「フネを降りて、生きてけるんか?」
「むー。その時はオマエのフネのクルー登録にしてくれよ。YBMでは2名までクルー登録できるからさ。動かさなくても、ここでこうやってコクピットにいるだけでいいよ」
「そうだな。別に、乗りたかったら勝手に乗っていいぞ」
最後はそんな紳士協定を結んだ。海への道は続けられそうだ。
老後は谷公と一緒に釣りでもするかあ。
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 おフネは気持ちいいよね。

お互い夕飯には間に合うよう18時前に分かれる。
本日のコクピット会談はこれにて終了。

夕飯を食べて一息ついていると、ボランティアの新人から電話。
「送ってもらった添付資料ですけど、閲覧はできるんですがプリントアウトできません!」
って、結局当日に人数分を揃えて持っていくことに。
さて、もう一人の新人の資料つくりでもするかあ。

2018.9.9









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