D旗たなびく

忘却甚だしく、メモ代わりにちょっと書くだけ。 コメントは受け付けていません。

始まりました。春の恒例(高齢)行事、船底塗装。
本日より三日間でやりきる。
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我が家の家族イベントとして位置づいているこの船底塗装。
普段は海に行くのを嫌がる家内も、春秋のこのイベントには必ず参加。家族で行うのを基本としている。今日は助っ人に友人タカハシがわざわざ茨城から電車に乗って駆け付けてくれた。
みんなでワイワイやって、終わったら一杯飲むという、数少ない飲酒の機会でもある。

上架して半年ぶりに見る船底は、苔のようなものがくっついているだけでイソギンチャクやフジツボなどの貝類はほとんど付着なし。やっぱりこまめにやるべきだと実感。
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全体が苔で黒ずんでいるけれど、こうした水苔は高圧洗浄機で弾き飛ばせば簡単に取れる。
毎回こんな感じで、ゴシゴシとスクレーパーを動かすことはない。


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 高圧洗浄機を使うタカハシ

高圧洗浄が終わると、なんだかもう下架してもいいくらいになるが、問題はプロペラ。
船底が海洋生物の巣になって、”カキ”やムール貝(和名では修理貝という)の巣になっていたとしても、それで沈んだりはしないが、ペラに付着するとシャフトの回転に偏りが出たり、海洋生物の付着で回転数が落ちてオーバーヒートする可能性がある。
ペラだけは私の専務事項となっている。
が、
あまりにきれいなのでびっくり。
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なんだか昨日塗布したような状態。これだけきれいだとこの皮膜を全部取るのにはかなり労力を要する。
むー、どんなもんかなあ。
一応メンテスタッフに診てもらうと、
「これは、まったく問題ありませんね。半年後にまた塗装するなら十分耐えうると思います」
というお墨付きをもらったので、最低二日がかりのペラ剥離塗装がなくなった。ペラクリンの塗装費も浮いて一石二鳥。
ジンクも減りが少なかったが、これだけは一応交換。

息子と高橋はハルの汚れ落とし、家内はキャビンのシートやマットの洗濯、これはもう何も言わずとも各々が役割を分かっているので私の出番がない。
しょうがないので、船底の塗装ムラをサンダーで削っていた。
船底は何度も上塗りしているので、凸凹したところがどうしても出来てしまう。古い塗装の上に塗っているから厚化粧もいいところだ。
これを全剥離するにはどうしたらいいかをハーバー課長に訊いた。
「ノミですね」
「ノミって、あの木に穴をあけるノミですか?」
「少し歯が広めのものを一人三本ぐらい用意して、10人くらいの人海戦術でやれば十日間くらいで終わるんじゃないでしょうか。そこまで体力が持てばですけど」
えーっ! 延べ百人かよ。なにも島にこもった逃走犯を捜そうってわけじゃないんだよ。
「剥離剤はだめですか?」
「一番上の塗装だけを取るにはいいですけど、その下までは効果がないので結局むだになります」
やーめた。
毎回ボロボロと落ちる旧塗装が気になっていたけど、こまめにスクレーパーやサンダーで落とした方がいいや。

昼はマック。実は昨日もフネに来て下準備していたが、お昼はマック。いい加減飽きてきた。
たっぷり昼休憩をとって午後から塗装。
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ローラーが3人分しかなかったので、私は塗料の補充係。まあ小姑のように、ここがまだダメとか、厚すぎるとか言って回っていただけ。私は三日間やることになるので、本日は楽をさせてもらった。
っていうか、みんなが坦々と作業をこなしていて、入り込めなかった。
塗ってしまえば乾くのを待つだけ。本日はこれにて終了。
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4時には家に帰って、高橋の解説でベイスターズ戦のテレビ観戦。
この時グッドタイミングでアダチ君から電話が。
亡き友人ノブシロの墓参りに行ってくれた小名浜からだった。家にいたのは30分ほどだったから、こりゃあ天の引き合わせ。ほぼ2年ぶりとなるアダチ君とタカハシの会話。

5時には居酒屋でビールを飲んでいた。イサキの刺身うまかったあ。
初日、楽して終了。




GWにかけて中国に帰っていた宗さんだったが、帰国前に東京へ引っ越したのでもう来ないのではないかと思っていた。ただでさえ昨日は3月を思わせるような寒い日。韓国人のヘジンさんも体調を崩してしまって早々と欠席連絡が入る。
東京近郊に日本語教室というのはどこにでも存在するが、それぞれ特色があって一様ではない。
私たちの支援教室は横浜でも草分け的な存在で、きっちりとテキストを使って学習させる。
異文化交流に主軸をおいた日本文化を体現するような団体もあれば、外国人小中学生の学習支援や日本語能力試験の合格を目指すような本格的な教室もある。中には、サロンとして位置付けてフリートーキング主体でやっているところもある。従って、毎日のようにボランティア教室を渡り歩く外国人も多い。
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とりわけ、宗さんのように日本企業にヘッドハンティングされたご主人に随伴してきた方(その逆もある)は、本国の仕事を辞めてくるので半ば不本意だったりするから、積極的に日本を理解しようという気がない事が多い。まあ、日本人の海外派遣だって同じようなものだろう。
宗さんは中国で電子専門学校を出てIT関連のプログラミングをしていた。彼女はご主人の日本派遣を機に、日本語を覚え日本を理解し、自分のキャリアが伸ばせるように短期間でも日本のIT関連企業で働くことを望んだ。
と書くと、なんだかバリバリのキャリアウーマンみたいだけれど、小柄でしとやかで、奥ゆかしい。あれで和装させたら京都の老舗茶屋の若女将ってな感じだ。
その宗さんが教室へ来たのが終了30分前。紅潮してるところを見ると走ってきたのかもしれない。
「先生、働くところが決まって来れなくなります。ごめんなさい」
と、菓子折りを差し出される。
ゆっくり話を聞くと、
東京へ引っ越したのはご主人が会社を替えたからで、その(〇天ホールディングス)引き抜き採用に当たって人事担当が宗さんを契約社員として雇うことも可能だという条件を提示したらしい。国から戻った翌日には面接で、即日採用。
海老名にあるプリンタ工場のプログラミング作業だという。英語は必須だが日本語で作業することはないらしい。
外国では働く配偶者の一存で、本人の動静が決まってしまうことがある。衣食住や入管関係を含め、それに抗うことは難しい。本人の就労が認められていないからNOと言えば帰国せざるを得ない。ただ企業が、ある業種に限って雇用した場合にはその限りではない。
3週間前まではJLPTのN-3(日本語3級)を目指そうと話していた。その展開が急転した。東京へ移ってもこの教室だけには通いたいと言っていたから、とてもびっくりした。
今日はその報告のために、早めに仕事が終えさせてもらって海老名から駆け付けたのだった。なんと律義な事か。

30分弱の”最後の授業”は文法。私がリストアップした99項目の文法表現の3っつだけ。
途中から目に涙を溜め始めた宗さん、「これで終わります」と私が言った途端に一粒こぼれた。
「今の仕事が終わったら、またここに来ます」
うまく日本語で気持ちを伝えられない悔し涙なのか、私への気遣いなのか、夫に委ねられた自身の立場に対するジレンマからなのか、私にはその涙の意味が分からない。
ただ、彼女の訴えるような目には感謝の情が溢れているように思えた。
「再見!またいつでもいらっしゃい。日本語の勉強は続けてくださいね」
そういうと、彼女は精一杯の笑顔を見せて「はい。」と力強く応えた。
ある日突然訪れる”卒業”。一度別れたら二度と会うことはほぼない。これが日本語ボランティアの宿命だとは分かっているけれど、いつも心に残滓がこびりつく。
二人三脚で挑戦したN-3の合格通知を見たかった。そんなパートナーが急に消えてしまった。
それでも、彼女が自分の目標としていたキャリアアップに近づいたのだからいいじゃないか、と言い聞かせる。


てなわけで、昨夜はあまり熟睡できなかった。
朝止んだ雨も、昼頃また雷鳴が鳴り響きが激しく屋根を打ち始めた。それもほんのわずかな時間。
愚息に昼飯を作って学校へ行くのを見送ると、空には柔らかな光が差し始めた。親に似て雨男だ。
なにも考えなかった。5分で支度してリルとマリーナへ出かける。
出航2時半。おあつらえ向きの微風。
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心に漂う喪失感を吹き払う走り。
リルだけが私の淋しさを理解してくれる。今日はいつも以上に静かでおとなしい。
北東風に乗って東京湾のど真ん中に進んでいく。
後ろは見ない。
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海に出るのは久しぶりだ。
思い切り深呼吸する。なんでこんなに晴れたんだ。
また、誰かの夢のために伴走していこう。
リル、頑張るぞ! おーっ!

あてもなく漂う事3時間弱。
帰港すると日は傾き、茜が差し始めていた。
また明日、自分ができることを精一杯やろうと思うのだった。
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ああ、腰痛い。



朝から雨降り。本日の最高気温14℃。ストーブ片付けちゃったからなあ。
昨日、歯医者へ行っている間にマスカット一房盗み食いして、きっちり叱られたリルは反省のおとなしさ。時々ため息つきながら、恨めしく窓の外を見ていた。
セーリングどころか海も遠い。
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今週末の船底塗装、助っ人に友人タカハシと後輩エンドウが参加。息子も土曜だけは手伝ってくれるらしく、家内もいるから人手は十分すぎる。
天候を考えて三日間上架するけれど、実質的作業は二日で十分。ただ塗料が乾くのに時間がかかる。
午前中にタカハシと連絡を取り合って待ち合わせ時間や場所を決めていた。

昼頃雨は止んだが、本日は「母と暮らせば」の日。
行けば行ったで膝を突き合わせて、曖昧模糊とした会話をしなければならないので、リルの散歩がてら
和菓子屋に行ってみたらし団子を買う。(これ、おやつ)
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 ごめんちゃい。

「お父さん出て行ったきり、まだ帰らないのよ」
今日も3回目のデイサービスの説明。
サバの味噌煮などを作っていたから、あまり話しかけないでいた。火を使っているときに話しかけると直前のことは忘れてしまうからだ。当然団子もお預け。
「これ、柔らかいわねえ」
そりゃコンビニのインチキ団子じゃないから、うまいに決まっているが、なんだか少女のように嬉しそうだ。
同じ施設のデイサービスに通っている母に、中でどんなことをするのか聞いてみる。(勿論分かっているのだが)
前置きがやたらと長くて、同じことを何度も言うけれど、何をするのかの説明がない。
やっと出てきたのがゲーム。
「へえ、みんなでどんなゲームするの?」
これからが凍り付いたような時間。で、どうでもいい前置きに戻る。
半円形に座って丸めたハンカチを手渡しで回し、最後に半円の中心にいる”鬼”に誰が持っているかをあてさせるのだという説明を受けるまでにたっぷり30分はかかる。
その間シーンと静まり返っているので、リルは惰眠。
あとは輪投げしたり、手足の運動をしたり、人によってはカラオケしたりするらしい。
「足湯があるんだよね?」
「前はあったけど、今は使ってない」
「マッサージもしてくれるんだろう」
「マッサージ台はあるけど、誰もやってもらってないわよ。見たこともない」
むー、経営が危ないのか?

それだけで1時間以上経ってしまうので、リルが退屈そうだ。
仕方ないから、かつての自室に行く。ここには本がごっそり残っているから、歴史関係の本を漁っていると、ポロリと写真が落ちてきた。
おー、こりゃ小学校の空撮写真だ。
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下があと1cmほどあれば、アダチ君の家も写っていただろう。

このモノクロ写真を見ながら、若かりし母の姿を思い浮かべた。
6年間通った小学校の全体写真を見ていると、その周辺を含めてたくさんの思い出がよみがえる。
自分の事だけではない、同級生や先生、仲間たちのお母さんや周辺の住民(叱られていることの方が多かった)まで浮かんでくる。あそこでこうした、ここでこうだった等々。
一つの風景写真は雄弁だ。
リルにいろいろとその悪行の数々を説明していると、父が帰ってきた。

「いやあ楽しかった。月に4000円ちょっとで、こんなに楽しい思いができるなら安いもんだよ」
なにが一番楽しいのかを聞いてみる。
「まあ、盆踊りみたいな体操とかね。老人だからうまくできないんだけどね。フラフラしてタコ踊りみたいになる人がいて、それがおかしいのなんのって。そのあと足湯でおしゃべりしたり、マッサージまでしてくれるんだから言うことないよ」
「ゲームとかしないの?」
「なんだゲームって?」

むー、この3時間、またしても見事にたばかられた。
いったいどこの記憶だよ~

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