いよいよ日本語教室も始まった。早速に新しいチリ人の学習者が加わり、家に帰ってひと心地着いた午後11時半過ぎに中国人から来週参加のメールが届いて正月気分が完全に吹っ飛んだ。
昨日の夜はやたらと寒くて、ミニバイクで出かけたにしてはちょっと薄着だった。首とヘルメットにできた隙間を冷たい風が吹き抜けていく。サブっ!そんな寒さでターホーと八ヶ岳を思い出した。
ターホーが来てから1週間経った。大笑いしたあの日、つくづく我が友人たちの記憶の良さに畏れ入ったのだった。私の発した言葉をみんなよく覚えているよなあ。
そんなエピソードに掘り返されて記憶の底に眠っていた光景がまざまざと蘇ったので、また忘れないうちに書き留めておこう。
今日は個人的メモなので御用とお急ぎのある方はここまで。
IMG_1613
 フン、そんな暇ないよ。

例えばこんな話、表題を付けよう。
「ターホーのペンション計画」

新人当時、八ヶ岳で家の近いターホーは夜になるとたまに私たちの家に遊びに来ていた。また私が彼の下宿先に行くこともあった。
東京本社から八ヶ岳に出向した同期4人はそれぞれ仲が良かった。 まあ、コンビニや居酒屋があるわけでもなし、都会の喧騒とは真逆に近い、人家もまばらな高原では、お互いの話をする以外楽しみがなかったと言ってもいい。
4人とも別な部署に配属されていたから仕事中に顔を合わすことはあっても、おしゃべりをしている時間などなかった。(部署によっては昼食時間も異なった)それぞれが半年ごとに部署を変えられるので情報交換が必要だったこともある。
冬になると稼働率も下がり、その分帰宅時間も早くなったから私たちの交流も少しずつ増えて行った。
Image-1 (6)

その日も、雪が降り始めて夜はマイナス10℃くらいになった。
ターホーの下宿は母屋続きで暖かい。私は当たり前のように彼の下宿に行った。
赴任した時から彼の夢は自分のペンションを持つことだった。新入社員のくせに公言して憚らず、それは口癖のように聞かされた。
夏が終わり秋が過ぎ去り雪が降る冬になっても、まったくその夢は揺らがない。 ただ、毎月の給料とペンション建設費の乖離は甚だしく、彼の計算によれば現状の給料額ではペンションオーナーになるのは40年から50年後、当時の相場で中古を購入しても30年は節約生活が強いられる。
「お前さあ、それじゃあ家族どころか結婚もできないよ」
ペンションの多くは家族経営だ。家族の助力なしには無理がある。
「まずは共稼ぎすることを前提に結婚を考えた方がいいんじゃないの?それだって高いハードルだ」
ペンション
 八ヶ岳のペンション

その頃のターホーは(今もだが)まったくと言っていいほど異性に興味がなかった。
当時レストラン部門にいた彼は、その制服の着こなしのだらしなさとか言葉の不明瞭さを毎日のようにフロア主任から指摘され、朝が弱いこともあっていつも眠そうな目をしていた。
簡単に言えば“ダサい”。
金を溜めたいがために守銭奴のごとく1円たりとも無駄にしない。
私を含めて他の3人は夏すぎには中古車を買っていたが、彼は冬になっても会社から借りたカブに乗り、着ぶくれて丸々になった格好で八ヶ岳の吹きすさぶ風の中を20分かけて走ってくるのだった。
「マフラーがたなびいて格好いいだろ?」と彼は言うが、どう見てもダルマが首を絞められているようにしか見えなかった。
IMG_0766
 ターホーが下宿していた家(現在)

その日、彼が重要な計画を思いついたというので、どうせペンションの事だろうとは思っていた。夢を語るのはいいが、何度も聞かされてるといい加減飽きる。 だいたい、私には無縁だ。
どうせあいつの下宿に行ってもお茶一つ出てこないからと、私のとっておきのチョコバーを持っていく。そんなものさえ会社の土産物売り場にしかない。

「俺は天才的にひらめいた」
「ふんふん、で、何をひらめいた」
「今のままではペンションも退職後になっちまうだろ?」
「まあ、ペンション(年金)って元々そういうものだろう。老後のゆとりある生活ってやつだな」
「いや、それじゃあ困る。俺の豊かな人生は老後にあるわけじゃない。この会社に入ったのもここでペンションに必要な様々なノウハウを勉強するためで、40年働くなんて考えてもいない…」って彼の話はやたらと長い。
「だから、その天才的なんだらってなんだよ」
「むー、俺はこの2か月というもの全力で捜しまわった...」
確かに、私が来ることを予定していたらしくペンション関連の書籍や雑誌等がごっそりと置かれていた。
彼はその中の「全国ペンションガイド」(まあ、そんな題だった)のページを開き、
「これこれ。ここだ」と、隣県原村のペンション紹介の写真を指し示し、一人で悦に入っている。
もったいぶってるから全然その意味するところが分からない。
「俺は、決めた。今日ここに行く」
「は?だってもう7時近いぞ。予約してあるのか?」
「行けば、こんな寒い日だから入れてくれるに決まってる」
「おいおい、そりゃ無謀だろう」
この後、長々と趣旨説明される。
今の給料ではとてもじゃないがそれこそペンションなんて手に入らない。家族は必要だがそれも金がかかって、夢のペンションは遠のくばかり。このペンションのオーナー紹介を見て天才的にひらめいた。

「そうだ、ペンションオーナーの娘と結婚して婿入りすればいいんだ!」

まあ、確かにその写真には家族が載っていて、二十歳前後と思われる一人娘が可愛く微笑んでいた。
「な、いい考えだろう。むー、何度考えても俺は天才的だ」
「あのな…」
お前のような野暮でダサい男が一晩泊まったところで、その娘がどこの馬の骨かもわからないお前を好きになってくれるわけがない。だいたい長い冬を人も来ないような原村で過ごしているとは考えにくい。よしんば、その娘に会えたとして恋愛から結婚、婿入りととんとん拍子に行くものか。
などとそのくだらぬ案を理路整然と却下。
「ううん、確かにお前の言うことは説得力がある」ってさあ、お前以外の人間は誰でもそう考えるだろ!
「じゃあ、この計画を推進するためにはどうしたらいいんだ」
やめとけと一喝するも、なんだか本人の夢にケチをつけてるようで気がとがめた。
「そうだなあ、今のお前を改造しなきゃな。どう見たって“貧相”が服着て歩いてるようにしか見えない。それに、この娘だけをターゲットにするのはどうかなあ?下地が下手な鉄砲なんだから数打たないとな…」
とかなんとか、気が付けば思いっきり巻き込まれて、あいつの案を検討していた。
「まあ、10年くらいはかかるだろう。足しげく通い、親し気に話しかけられるだけでも時間がかかる。その間、おくびにも将来ペンションをやりたいなどと口に出してはいかん。それと並行してその娘の父親、つまりオーナーに気に入られるよう暇さえあれば雪かきだの下草刈だのをしなけりゃいけない」
「ふんふん。そうやって気に入られれば、自分の跡継ぎは俺しかいないってことになるな」
「そこが大事なポイントだが、そう簡単にはいかない。万が一、いや億が一、その娘とうまく結婚話が進んだとしてだ、彼女が諏訪に住みたいとか、東京に住みたいって言ったらどうする?」
「えっ?いや、それは困るな。だから、ペンションをしたいって言って…」
「甘いね、誰があんな人里離れて雪に埋もれたところで生活したい?さっきからお前がペロペロ舐めてるチョコバー一つ売ってないんだぞ。そんなところで育ったら普通便利な都会で暮らしたいって思うだろう」
「そんなもんかなあ…」
「そんなもんだ。だから結婚して仮に甲府かなんかに新居を構えても、信玄公のごとく3年喪を秘せ」
「それじゃあ、どんどん遠ざかるじゃないか」
「人間急がば回れだ。そうやっているうちにこのオーナーは還暦になるな。足腰がだんだん思うように動かなくなってくる。そこでお前が仕事を休んででも手伝いに行く」
「なるほど!」
「親の心配をしない子供はいない。白髪交じりの父が、腰が痛いだの、風邪で寝込んだのと体の不調を訴えるようになったとき、ふと横を見ると薪割してるお前がいるな」
「むー、なかなかリアリティが出てきた」
「そこでお前が一言」
「なんて?」
「お父さん、僕にペンションを任せてください」
IMG_0765
 ターホーの下宿よこにある池

なんか書いてて笑い疲れた。今日はここまでにしょう。
続きは明日にでも書こう。
今日は逃亡者がたまたま家にいるから、飯づくりがある。
家でゴロゴロしてないで、リルの散歩に行け!
IMG_1618 (002)
 本日の昼食、焼きカレー。