D旗たなびく

忘却甚だしく、メモ代わりにちょっと書くだけ。 コメントは受け付けていません。

2018年07月

毎年恒例の家族旅行、昨年はリルと一緒に行くには無理があると、リルと私は留守居役だった。
今年は父の「リルも一緒に」の言葉で、河口湖に泊まることにした。
前日の夜に逆走台風12号はかすめるようにして西に流れたが、被害状況や道路状況によっては当日キャンセルもやむなしと夜中まで台風情報を見ていた。(一応、雨男と言われているので)
29日、暴風雨の結果と天気予報を見ながら遅めの出発。少なくとも横浜は薄曇りだった。
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 足柄PAのドッグラン

通常の台風一過とは異なり、ぐずぐずと曇ったり、急に土砂降りになったりで、休憩もままならない。
リルがいなければ、どうでもいい博物館や美術館などでゆっくり雨宿りもできただろうが、そんな身勝手は私が許さない。
山中湖ではすごい大雨になる。
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 こりゃだめだ。

この辺まで登ってくると、雨が降っている分かなり涼しい。気温22℃の表示。
丁度お昼時だったので、ほうとうの店に入る。
甲州ほうとうは分厚いひもかわで、野菜などと鍋で煮込む味噌味の田舎料理。稲作に不適な山間にあっては、古くから粉食文化が発達したが、とりわけ甲州では養蚕の裏作として小麦や蕎麦、大豆や小豆が作られた。
本来、囲炉裏に大鍋をかけ、野菜やキノコの味噌仕立てにほうとうを入れこみ、家族全員で食すもの。
せっかく家族で出かけたんだから、そういうのを食べたいけれど、今では当たり前のようにお一人様一鍋。当然、出てくるまでに時間がかかる。こういう場合、いつも冷奴を頼むことにしている。
稲作が不適なところは水がおいしい。冷えておいしい水はいい豆腐を作る。入った店の寄せ豆腐は豆乳につかってさらに甘みが増していた。(って、他に書くことないよ)
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店を出ると、いつのまにか薄日が差していた。
息子に運転をさせて河口湖へ向かう途中、雲の切れ間から夏富士をしっかり拝むことができた。後にも先にも富士が見えたのはこの時だけ。車窓9時方向に見えたので、運転中の息子は一度も見ることはなかった。(食事後でみんなをクンクン嗅いでいたリルも)

河口湖は日曜ともあって、大変にぎわっていた。
船津あたりの土産物店では、アジア人観光客がいっぱい。相変わらずうるさい。人前でも大きな声で離れた相手と会話するのは中国人以外の何者でもない。これを直すには半年ぐらいかかる。尤も、隣にいる相手に必要ないでかい声で話しているのは日本人の若者だが。
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富士山、湖、涼しいの三語でインバウンドが集結するのは箱根だけじゃない。とくに河口湖は電車やバスの便がいいから、そりゃあ無国籍地帯。モラルがいまいちの国の人が多いから、河口湖のリオたる船津はむしろ汚い。湖の観光船はバスツアー客で満杯だ。逆に言えば、バスルートに入ってないところや、車でしか行けないようなところは静かで落ち着いているということになる。
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チェックイン時間までソフトクリームなどを食べ、高原の涼風に吹かれていた。
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ホテルには正直がっかりした。かつて静岳ホテルと言った湖畔の宿は、オーナーが変わって名前を変え、とんでもない三流宿になっていた。
宿泊客もほとんどバスツアーの中国人観光客。マネージャーも従業員もほとんど中国人で、日本人の仲居は一人だけしかいない。
ただでさえ老朽化してる施設なのに、基本的な気配りができていない。廊下の壁紙が剥がれそうになっていたり、部屋に入っても座卓や座椅子の用意もできてなかったり、だいたいフロントに人がいない。
屋上はドッグランになっているが、かつてあった人工芝は取り剥がされ、防水塗料を塗っただけのコンクリート面で、雨の後では滑って危険だ。そこに無造作にも私物の洗濯物が洗濯ロープを張ってかけられていた。
食事も、テーブルにこれでもかと料理が並べてあるが、刺身にもうどんにも、およそ蓋のないものにはラップがかけられていて、いちいち取らなくてはいけない。
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味の方も見た目通りで、とても美味しいとは言えない。
和食と言うよりは、いわゆる「日式」。恰好だけは和式だが、出汁がそもそもカツオや昆布じゃない。
それでいて薄味なので、さしもの中国人ツアー客も首を傾げていた。
今どきのインバウンドはリピーターも多い。日本の食文化や大衆食も馴染みが深い。質より量の感覚では納得しない。
父も母も、大半を残したが、息子でさえ残していたから是非もなし。
ノウハウや意志もないのに投機目的で買って、転売するまで実績を作っているような感じだな。
オモテナシなんて遠い言葉だ。

大浴場はというと、日本の風呂の入り方を知らない中国人が横暴なふるまい。
部屋のスリッパで浴室まで入り込み、そのままシャワーを浴びて嬌声を発している。シャワーの使い方も勝手気ままで浴槽まで飛沫が飛んでくる。熱い湯は苦手らしく、小児用の浅い浴槽に”腰湯”。勇気ある爺さんが熱い浴槽にギャーギャーわめきながら入ったかと思うと、おもむろに髪を洗い出し唾を吐き出した。5分で退散。
お前ら全員、うちの教室へ来い!
到着してすぐに誰もいない露天風呂に入っておいてよかった。


最悪な宿も滞在12時間の弾丸ツアー客がいなくなると、落ち着きを取り戻す。ここからの眺めだけは気持ちいい。
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一泊だからと呼吸器を持ってこなかったが、部屋前のボイラー室の時々点火する音や、揚水機の音でまんじりともしない朝を迎えた。うへー、なんか怠い。
でも、とにかくきれいに晴れ上がった。(富士だけは雲に覆われていた)
せっかくの家族旅行だが、不快な思いをしに行った感じで、なんだかみんなに申し訳なく、この晴天の涼やかな高原の助力で挽回したかったが、チェックアウト後に息子が脱藩。
あれだけ念押ししたのに、午後から外せない授業があると言い出したのが5日前。
河口湖駅から10時10分の高速バスに乗って新宿へでることになった。
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 やだよ~

その脱走者を河口湖駅まで見送る。
それにしても、河口湖駅の雑踏はすごい。雑踏というより喧噪。八割がた外国人。
かつて啄木が、
「ふるさとの訛り懐かし 停車場の雑踏に そを聴きに行く」 
と詠んだが、この混沌さはなんとする。聞きたくもない。
日本を訪れるインバウンドの大半は東アジアの人たちで、そのまた大半が中国語(北京語)。
で、なぜか皆声が大きい。日ごろ街に出ない両親も、やたらと耳のいいリルもびっくり。というか唖然。
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駅前駐車場では、富士登山をするのであろう欧米系の男女数人がパンツ一枚になってお着換え中。
ご当地版ハローキティーのお菓子に群がっているのは韓国系。機関車トーマスのプリント列車の写真を撮っているのは日本人のオタク族。
つい5年前までは小さな田舎の駅だったのに、ひと頃の清里駅並み。あんまり騒々しいのでバスに乗る囚人を見送ることなく脱出。

ここからは西遊記。西へ西へと喧噪を逃れて気まま旅。
鳴沢村まで来ると車の数も減り、豊かな緑があふれる静寂さ。
目につくものに立ち停まり、そば粉たっぷりのおやきを食べたり、リルの散歩、地元物産の物色。
南下して朝霧高原の牧場で牛乳飲んだりしながら白糸の滝へ。
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 音止めの滝

富士の湧き水からなる滝の近くは実に涼しい。
車いすを押しながら歩く家内も、リルを引きながらの私も救われる思い。
土産物屋が立ち並ぶ順路を見て歩く母も楽しそうだ。
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 白糸の滝

ただ、白糸の滝に近づくには階段を上り下りしなくてはならない。土産物屋が立ち並ぶ一角に車いす用の観覧スペースがあったので、疲れてきた母と父を家内に任せてリルと二人で散策。
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水を通しやすい溶岩石の隙間から富士の地下水が零れ落ちる滝なので、マイクロウェーブのようにその冷たさが優しく体を包んでくれる。
正午を回っているのに、日差しが気にならない。
リルも皆さんに声をかけられ、ナデナデされながらの涼しい場所にとてもご満悦。
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 デレデレするな。

それに、たまたまなのかもしれないが、うるさい外国人もいない。ここの日陰で寝そべっていたら一日いられそうだ。
昼食は土産物屋で蕎麦などを食べる。父もホッとした感じだった。
母も家内もあちこちで買い物をして、訳の分からないものばかりで車は満杯。
ここでもまたソフトクリームだの牛乳、ヨーグルトだのを飲食して、リルはそのおこぼれに預かっていた。
オマエ、ソフトクリームばっかり食べてるとお腹壊すよ。
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 ここ、いいね。

結局、富士の裾野をぐるっと一周して帰宅した。
二日目は満足いく旅行になりましたあ。


ワーキングホリデイ中に就職が決まったヘジンさんは西東京市に引っ越すことになり、この7月でボランティア教室を卒業することになった。約10か月、私が担当していたので、やはり寂しい。N-1取得に向けて二人三脚だったからなあ。
ただでさえボランティアの日は夜遅い帰りなのに、つらつらと思い出していたら、寝るのが遅くなった前日の水曜。
明けて昨日、いつもより早く起きて小名浜へ出かける。今はなきヨット部時代の友人ノブシロの墓参だ。
毎年、一人車で出かけているが、今年はちょっと寝不足の上、出足が30分遅れてラッシュに巻き込まれた。
桧原湖や山形へ行くときもそうだが、車で東京を抜けるのは実に面倒だ。(帰りも)
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ただ、寒冷渦のおかげと言うか、この二日間は実に涼しく、往きの常磐道美野里PAで休憩したときには25℃。車の中よりずっとひんやりして気持ちよかった。

故ノブシロのことは毎年ブログに書いているので、今年は省略する。
事前にアダチ君から報告を受けていた通り、菩提寺に隣接したショッピングセンターは解体されて広い駐車場になっていた。同じ敷地にスーパーのヨークベニマルがオープンすることになっている。
震災以降、(いわき市)小名浜の復興は目覚ましく、港湾も商業施設もどんどん新しくなり、震災や津波、原発事故のマイナスイメージははた目にはほとんど感じられなくなった。
草葉の陰でノブシロもびっくりしてるだろう。
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ノブシロの墓はいつ行ってもきれいにされている。養子で天涯孤独だった彼の墓を信徒の方たちがしっかり管理してくださっている。信仰の篤かった彼の徳でもある。
亡くなって11年、高齢者の多い場所だけに生前の彼を知る人は年々少なくなっているだろうに。ノブシロを悪く言う人は皆無だ。
いつものように墓前に頭を垂れ、花を挿し、今年は暑いからたっぷりと水をかけてやる。
線香を灯し、大好きだった煙草を添える。
それから墓石の囲いにどっしり座り、独り言のように、ノブと会話する。

それにしても、今年はここまでの運転で思った以上に疲れた。まあ、年々長距離の一人運転は厳しくなってきてはいるのだけど、何十回と通ってきた小名浜への道がとても遠くに思えた。
毎年、帰りはタカハシの住む土浦か、小学校時代の友人ヤマガタのいる水戸で1泊するが、数年先はのんびり小名浜で1泊して、土浦でもう1泊かなあ。
体の動くうちは必ず来るからな。
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小名浜で昼食。”ららみゅう”等新しい飲食施設もいっぱいあるが、私はかつてノブシロが連れて行ってくれた食堂に行くようにしている。漁協職員だったノブが漁連直営の「みなと食堂」で食わせてくれた海鮮物は本当に美味しかったし、泊りがけで会いに行くと「丸克商店」の新鮮な海産物でご馳走を作ってくれたものだ。
復興後市場が移転して、この老舗には今では地元の人でもあまり来なくなった。
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土浦には16時近くについた。私が贔屓にしている土浦駅前のビジネスホテルはとても居心地がいい。
霞ケ浦やヨットハーバーも見える。部屋は明るいし、セミダブルベッドがまた快適だ。
友人タカハシは仕事を休んでくれて、17時に会うことになっていたが、さすがにこの日は疲れてしまってベッドに倒れこんで寝てしまった。タカハシから電話をもらわなければ朝まで寝ていたかもしれない。
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 ホテル アルファ・ザ・土浦からの眺め

取り敢えず18時に伸ばしてもらい、荷物を整理しシャワーを浴びる。
このホテルは四川料理店が別棟で建っており、本館と料理店の間のテラスにはパラソルが立ったテーブルがいくつかある。
滅多に飲まないビールを一口。涼風に身をさらしてタカハシを待つ。
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とはいっても、酒量制限があるのが現実。1/3ほど飲んで、駆け付けてくれたタカハシに任せる。
友人タカハシ、お前本当にいいやつだなあ。
彼の顔を見るとなんだかとてもリラックスできる。
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日が暮れていく霞ケ浦のハーバーを歩きながら、いろんな話をする。
マリーナハウスに着くころにはとっぷりと暮れていた。野外に置かれたベンチで夜風に吹かれながら語る。なんでこんなに語れるのか自分でも不思議だ。
それから、そぞろ歩いて市街の焼鳥屋へ。さすがに腹が減った。
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 さんざんご馳走になってしまった。

タカハシは週末に行われる土浦祭りの役員をしている。翌日も祭りの準備がある。
腹ごなしに、祭礼で設けられた御仮屋を見に行く。神をご招聘し、神輿にお乗りいただくための簡素な建物である。これについて話し始めるとまた長くなるから、別の機会にでも。
まあ、本来あるべき古式な儀式なのである。

ホテルに戻って、誰もいないテラスで時間を惜しみながらの会話。午前零時が引き際だった。
タカハシ、ありがとう。お前がいてくれて、人生が本当に豊かだよ。

家に帰ってきたのは今日の正午。しっかり渋滞にはまった。
リルはギャンギャン吠えながら何度もボディアタック。
息子や家内がいてくれたのになあ。ヨシヨシ。
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 どこ行ってたのよ~








とうとう横浜でも猛暑日となった。それも連日。
愛用のメガネも潮風と汗でパッドが破損。
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ただでさえ忙しいのに、伊勢佐木町まで足を運ぶことになる。
この日本製のメガネ、買ってまだ2年にも満たない。酷使してるってことか。
家の近くにもメガネ屋はたくさんあるんだけど、なぜか有隣堂(本屋)に行った帰りに衝動的に買うことが多い。立ち読みで、メガネが合わなくなったと感じるんだろうか。
で、修理が必要になると面倒だ。それに、暑い!
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 伊勢佐木町も人影まばら。

台湾の留学生、サキさんとその友達徐さんと待ち合わせたのは昨日の16時半。そのままマリーナへ直行する。
サキさんは今新宿のデザイン学校に行ってる。四谷に引っ越して私たちの教室を卒業した。先月日本に来た許さんとお友達だ。自分でも小動物マニアと言うくらい動物には目がない。当然、リルは”かわいい”を連発されて追いかけまわされる。リルの大ファンである。
徐さんとは初めて会った。私が担当していた徐さんとは別人で台湾南部の高雄の生まれ。同じデザイン学校に通っているらしいが、学科が違うらしい。でもサキさんよりよほど日本語がうまい。国に愛犬を置いてきてるので、寂しいんだろう。ちゃんとリードの仕方を知っていた。
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若い20代の女性を乗せたのは「ポチたま」の打ち合わせできたADさん以来、さすがに華やぐね。
出航は17時。目的はリルと一緒に遊ぶことなので、手間のかかるセーリングはせずに機走でサンセットクルーズ。
夕方とは言え、とてもじゃないが暑い街中で遊ぶなんてことはリルには無理。
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 この人誰だっけなあ?

海上は少し靄って、視界は良くなかったけれど、5m/sの南風が吹いていたし、気温も下がり始めていたので多少涼しかった。でも、この日の最高気温は36.7℃。暑さに慣れた台湾人で良かった。

逃げ場のないコクピットで、さんざん遊ばれていたリルだが、心地よい風と嬉しそうな黄色い声で、結構ご機嫌。10か月ぶりのサキさんを思い出したのかもしれない。
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40分ほど走って八景島。
何度かシーパラに行ってるみたいだが、海から見るとまったく分からなかったらしい。二人ともやたらと写メを撮っていた。さすがにインスタ世代、こんなことをして遊んでいた。
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それにしても、女の子はよくしゃべるねえ。
中国語だから全然分からない。リルも聞き覚えのない言語に戸惑っているようだった。
で、たまに「リルちゃん」とか「先生」とか話しかけられるので、聞き流すわけにもいかない。
まあ、楽しそうでなによりだ。
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マリーナに戻る頃には航海灯が必要になった。
またも、アウトレットのテラス席で夕食。リルが一緒だと室内には入れないからね。
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20時のアウトレット閉店のアナウンスを聞くまで、中国語の本土と台湾の違い、台湾語の中の日本語、日本の方言等々いろんな話をした。(リルは腹が減ったとギャンギャン吠えていた)
徐さんは練馬に部屋を借りている。ここからだと2時間近くかかるから、慌てて横浜駅まで送る。
リルが夕飯にありついたのは21時過ぎ。ひどい目に遭ったと家内に訴えていた。

今日は朝からヤブ医者。さすがに暑いからいつもより空いてたね。
午後から実家。もう、なんでエアコンつけないかなあ。



腹が立つほど暑いとはこのことか。
リルもちょっと夏バテ気味。
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 アヂー

息子の学生生活や実家の事で、我が家もばらけて、なかなか顔がそろわない。
週末ぐらいは家族の団欒を大切にしたい。それでも、通院だとか薬の管理だとか、私のボランティアだとかで、なかなか顔がそろわない。
で、昨夜は顔がそろったところで、マリーナに出かけレストランでビュッフェの夕食。と言っても、リルが一緒だから当然屋外のテラス席。日没後も30℃はあるから、よほど酔狂な人でなければふつうは室内でたべるよなあ。
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 期待感満載のリル。

マリーナまで行ったのに、フネにも寄らず、もう動けないと言うほどバクバク食べて帰ってきた。
なんだかんだと海のそばはそれなりに涼しい。食後はリルの散歩もできるしね。
ベイサイドマリーナのアウトレットは建て替えのため9/2で全館閉店となる。息子が生まれた翌年にできたから20年、息子にも馴染みがある。
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今朝はリルの散歩もほんの僅か。そのあと、息子が薬を届けにリルと実家へ行くし、私は日本語ボランティア入門講座のオブザーバーで出かけるからだ。
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講座の方は駆け足でバタバタと終わった。さすがに暑さも手伝って、最後まで残った人は13名。まあ、半分くらい脱落したわけだ。
講師の方と親しくなれたのは収穫だった。日本語の対応に困ったらいつでも連絡して欲しいと言われる。
受講者もやっと解放されて、もっと晴れやかな顔をすると思ったのだが、奈落の縁に立ったという感じで、不安が入り混じった真剣な様相だった。これは決意なんだろうか?

約束通りに正式参加となった二人とランチミーティング。
なにも難しい話をしたわけではない。会の状況や、外国人との接し方、これからの流れなどを大雑把に説明する。
「まあ、1時間もあれば済みますから」
などと前置きしたら、
「じゃあ、ご飯食べなくてもお茶くらいでいいですね」
という事になり、ファミレスでピザ1枚とドリンクバーを注文して話し始める。

で、結果から言うと3時間以上居座って、ドリンクバーのお替りさえできなかった。
まあ、質問攻めにあったと言う方がいいだろう。
一歩踏み出す決断をしたからこそ、その責任の重さと知識のなさに対する不安とが入り混じる。
彼女たちの不安はよくわかる。
週に一回の教室なのに、まるで進級試験前の大学生だ。
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その3時間余りはあっという間に流れた。
誘っておきながら、紅茶のお替りもさせず、冷えたピザ1枚を3人で話の合間に食べさるだけで、ランチどころか空腹で店を出させるというお粗末さ。ブラック団体か。
もっと配慮すべきだったと深く反省。
これが元で、やっぱりやめますって言われたらどうしよう。

普段滅多に長い会話などしないから、余計疲れた。腹減った。
今日はリルとあまり遊んでやれなかった。これも深く反省。

明日はリルファンの台湾人学生と会うことになっている。彼女も元教室の生徒。友達もつれてくると言う。女難の相があるのか。
オマエ、明日頑張って愛嬌振りまいとけよ。



えーと、いつからご無沙汰してるかな?

毎日暑い日が続いていて、毎日予定がぎっしりと詰まっていて、バクバク食べている割には2kgほど痩せた。
今日も午前中は母の通院だ。
通院と言えば、昨日やっと恐怖の歯医者が終わった。4か月間延べ3人の歯科医にお世話になるほどすごい治療だったのか?道を歩けば歯医者に当たるくらい都会には歯科医が溢れているというのに、最悪なところを選んでしまった。
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リルとの散歩は夕暮れ時から、日没以降に変化。from dusk till dawn.
もっとも日の出前には出られない。朝4時まで起きてたりはするが…
今も室温は32℃あるが、扇風機の”弱”で耐え忍んでいる。我が家のエアコンはリルと家内のためにある。

ボランティアの方は、とうとう対外的なことにも駆り出され、水曜は日本語教室前に区のボランティア団体の寄り合いにも出させられた。
高齢者のためのパソコン教室や、和楽器の施設巡回演奏はまだ理解するけど、認知症予防のマージャンってなによ?
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まあね、出るからにはいろんなことを発言するから、さらに役回りが増えるという悪循環なんだけどね。
明日で、入門講座のオブザーバーも終わるからと思っていたのに、
「これはまだ未稿なんですが…」と渡されたのがこれ。
ブラッシュアップ講座

おいおい、これも出るんか?
さらに、11月のフェスタに向け、外国人の日本語スピーチ大会の司会を受け持ってくれと言われる。
フェスタの打ち合わせは9月から。
でも、ボランティア加入希望のOL二人は、毎回教室に来てくれて参加確実。これが今一番うれしい。
参加前提で見学してくれてはいるが、私の上級者グループは敷居が高くて寄り付いてくれないので、まともに話も聞いてない。で、明日、入門講座後にその二人とランチミーティングすることにした。

日中は暑すぎて、リルを連れてコンビニにもいけない。できるだけ一人にしないというのがコニーの教えだが。リルのためにエアコン入れて、フローリングで腹だして惰眠を貪ってる奴のグータラぶりを見ていてもしょうがない。
会合だ、歯医者だと、出かけざるを得ない日も、帰宅したところではしたない格好の雑巾犬を見るばかり。
で、昼食は中華街に行って薬膳を食べたり、さっぱりとヴェトナムのフォーなどを食べに行ったりしている。
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この時間だけが息抜きで、実家に行って話の通じない母と過ごすのはリルでさえ退屈そうだ。
今日は家内がまた冷蔵庫の中のものを捨てに行っている。
まあ、なんとかエアコンはつけてくれるようになったが。
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 フォー

昨日は日暮れても30℃以上あったので、リルとマリーナへ行く。
食っちゃ寝のグータラドッグではメタボで病気になる。
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家内も息子も遅くなるというので、アウトレットで夕飯を食べる。
海風はまだ生ぬるいけれど、家の近所のアスファルト道路よりはまだまし。
街中は皆さんが当たり前にエアコンを使うので、夜になっても放熱が続く。
その点、海はそんなヒートアイランド現象がないので、それなりに涼しい。
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ミス・リーの月照号は舵取り付けのために上架中らしいが、舵があってもなくてもこの暑さじゃ日中に出たいとは思わない。水筒に水5滴ほど入れて漂流体験でもしたいなら別だが

フネに寄ってエンジン点検。ついでに航海灯のチェック。
さすがに密閉されたキャビンは夜になっても32℃あったが、コクピットは風が強かった分涼しかった。
とはいえ、夕食後の点検だっただけにTシャツの汗は半端ない。
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20時半に退散。
夜中にホームページ更新。
願わくば安眠を。




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