2017.9.7 雨のち曇り 25℃

ここのところマリーナにも行ってない。が、毎日せわしい。
退職したらもっと優雅な生活ができるのではないかと思っていた私がバカだった。
昨日はボランティアでまた新しい生徒を迎えた。今日は実家でケアマネと話し、昼食をはさんで両親を区役所に連れて行った。時間がうまく取れないので整骨院通いはやめた。
毎日なんとなくバタバタして、自分の勉強も捗らない。
まあ、貧乏暇なしってやつだな。

私が自分のクルーザーを夢見たのは小学生の頃だった。
でも、それは「鬼号」ではない。勿論、「ツバメ号」や「アマゾン号」は別格な存在で、絶対に”乗る”と決めていたが、それはディンギーの話。
キャビンを持ち、ベッドがありキッチンもあるクルーザーは夢のまた夢だった。
憧れのスクーナー、「ヤマネコ号」はランサムの本に登場するたび胸がワクワクした。ただ、それは”子ども達の空想の世界”。シェイクスピアの劇中劇。クルーザーというより帆船だ。
マムシ号156

小学生の私が一番感銘を受けたのはオオバンクラブの「死と栄光号」なのだ。
デス・アンド・グローリイ(このフリガナが最高)は積載ボートを改造したクルーザーだ。サルベージ会社のプレートを持ち、土管の煙突を付けている。船大工の息子たち、ジョー、ビル、ピートのお手製のクルーザー。無理矢理分類すれば1本マストのキャットリグだが、マストなどのスパーは沈みかけたマーゴレッタ号を助けたご褒美でもらったもの。主要エンジンは人力のオール2本。
オオバンクラブの無法者』(この邦題も好き)では古い搭載艇として出てくるだけだが、『六人の探偵たち』では低い”船室”と煙突を持ち、キャビンを白いペンキで塗ったニュー デス・アンド・グロリイとして登場してくる。
今は大型客船の救命ボートも鎧張りの木製なんてのは見かけないが、当時の搭載艇は上陸用舟艇を兼ねた頑丈な作りだ。映画では反乱がおきると、決まって心もとないボートで船長たちが大海原に流される。ジャック・スパローもそんな一人だった、あれね。
スタンがほとんどなく、堅牢で鈍重だが、アウトラダーだから一応帆走できるようにはなっている。
『オオバンクラブの無法者』では”ガレー船の奴隷”が漕ぐというような比喩で紹介される。
ロクサム沼JPG

今はともかく、中学生になっていた私はとても興味津々だった。
フネに泊まれて、煮炊きもできるボート。こりゃあ、動く別荘いや秘密基地じゃないの!
あれから、ずーっと「死と栄光号」を夢見た。

アダチ君と北部の湖にディンギー、ウィンダミア号を浮かべたのは30歳をとうに過ぎていたが、小さい頃に夢見た”自分たちのフネ”であることはとびっきり素敵なことだった。
1年に3回、桧原湖でキャンプし、毎日毎日桧原湖をウィンダミア号で探検した。
ウィンダミア号には10年乗ったが、年を経るごとに、
「キャビンがあって、寝泊まりできたらなあ」という思いが強くなっていくのだった。
IMG_4641
   ウィンダミア号航海日誌より

我がJollyhotはれっきとしたクルーザーだ。
寝泊まりできるし、ギャレーで分厚いベーコンを焼くことだってできる。できないのは、ガレー船のように長いオールで漕げないことぐらいか。
私とリルの憩いの場でもある。まったく申し分ない。
ただ時々思う。
このフネが湖にあったらなあ、と。
フリント船長の屋形船や、愛犬を乗せた”動かない”ティーゼル号トムのテントを張ったティットマウス号… 水の上のプライベート空間は我々日本人が考えるよりも英国人は発想が豊かだ。
レースだブルーウォーターだのと決めつけない。湖沼地方の当たり前の生活がそこにはある。
『オオバンクラブの無法者』にはそんなフネがたくさん出てくる。
中学生の頃はよく分からなかったことも、20年後に読んだらまさにフネのオンパレード。このブローズ2作品は年を取ればとるほど、そのバックグラウンドの華々しさに驚く。等身大のランサムの観察眼が文字になっていることがわかる。

暇さえあればそんなとりとめのないことを考えている私も、未だガキだな。
っていうか、最近体力の衰えを感じてるのかなあ。
inpark
  オマエじゃガレー船は無理だし…

整骨院やめたから、体重いし、腰も痛い。そんなこともあるかなあ。
ランサムの世界から死ぬまで抜けきれないんだろうな。