D旗たなびく

忘却甚だしく、メモ代わりにちょっと書くだけ。 コメントは受け付けていません。

カテゴリ: 家族

父は93歳、母は85歳になる。
よくぞ長生きしてくれたものだと、本当にありがたく思っている。できれば、もう少しだけ生き永らえてほしいものだ。私はとてもそんなに長く生きられそうにはないが。
高齢者故、いろいろと面倒なことや、持病もあれば認知症などもある。先週は少し父が寝込んだ。そういう度に少し覚悟をしている。今回もなんとか回復してくれた。子として、これほど嬉しいものはない。
4日土曜日は母の通院。
今では二月に一度になった。精神科で通っている病院だが、今では精神科というより認知症対応をしてもらっている。
認知症は進んでいるが、誰かが付いていればたいしたことではない。徘徊するわけでもないし、鬱になっている訳でもない。この日も、いくつかの検査とこの間の症状などを話しておしまい。
担当医師も三連休のど真ん中の土曜日でも、ちゃんと診てくれるから偉い。
薬局に行ったり、実家の買い物を手伝って家に帰ると決まって正午。
暖かく、風も柔らかく、絶好の帆走日和。
昼飯をさっさと飲み込んでリルとマリーナへ。
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午後からだとそれほど乗れないが、留守番のリルにはキラキラした海のお散歩がなにより。
母の具合がいいのと、父の回復が早かったこともあって、気持ちよく二人でセーリングできた。
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 え?ビッケ忘れたの?。

リルも久しぶりの穏やかな海で、ずっと景色を楽しんだり、カモメや釣船の人たちを見るのに余念がなく、珍しく惰眠も貪らずに秋の日を満喫しているようだった。

翌日曜日は息子の大学の学祭に両親を連れて行く。
爺さん婆さんが学祭に行ったところで面白いものはない。むしろ、広いキャンパスを歩いたり、人混みの中に紛れたりするのはきつい筈だ。ギャアギャア騒いでる若者たちと交流できるわけもなく、ただひとえに孫の顔見たさ、孫の学習環境を見たいがために行くのである。
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 こういう笑顔は嬉しいね。

学祭の場には相応しくない老人二人だが、息子も嫌な顔一つせず、学習展示会場に連れて行きなにか説明してる。
私なんぞ、親が授業参観に来るだけで気恥ずかしかった口だから、できるだけ親と悟られぬよう、その辺のオジサンがたまたま来てしまったような体をとったりする。
だから、同級生が多くいる中で息子が当たり前のように両親や家内に説明してる姿を見ると不思議でならない。
っていうか、この場合私の”オジサン風”を装っている意味がなくなる。しかも彼等だけ楽しそうに笑ったりしているのだ。
で、気が付くと私だけ一人浮いてるのである。リルはいないし…
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とは言え、困ることがある。食事だ。
屋台の訳の分からぬ物など食べさせるわけにもいかず、煩い餌場のような学食も母が敬遠。だいたい、そんなに食べられるわけがない。
息子が玉こんにゃくを買って食べさせていた。たまたま深川めしも販売していたので、解放されていたオープンスペースでゆっくり食事できた。

この日、どこかの大統領が来日して都内は交通規制というより厳戒態勢。都内中心部に入る車は検問されたり、首都高も出入口が閉鎖になったりしていた。
アダチ君が喜びそうな”ドイツ軍の検問所”を堂々と中心部を突っ切り、皇居や霞が関を横目で見ながら帰ってきた。
が、どっと疲れた。ただでさえ両親を大学の正門で下ろし、やっと見つけた駐車場が隣駅だったりしたので、走り回っていた感がある。

今日は朝から実家。母の介護認定調査があった。
なにしろ、昔堅気の両親だから身内の粗をさらけ出すのに躊躇いがある。そのままだと、なんでも「大丈夫です」と言ってしまうので、ケアマネも市の職員も必ず私の同席を求める。最近では実家に知らせず私に電話をかけてきて、私の都合に合わせるような感じになっている。
従って、私が実家にこうなったと日時を告げることになっている。
今日もたっぷり2時間かかり、終わったのはお昼頃。
で、毎度のことながら実家の冷蔵庫などをチェックしつつ昼食を作るのである。

母はもうおかずが作れない。たまに日を置くとろくなものを食べてなかったりするので、週末になると家内が家で作ったものを持って行ったりもする。
私が作ると母も嬉しそうに肉を食べるが、普段はほとんどたんぱく質が摂れていない。
来週から惣菜の宅配を一日一食だけ頼むことにした。
リルと釣りでもしないとダメか?
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今日もよく晴れて気持ちのいいセーリング日和だったんだけどなあ。
実家から帰って車のワックスがけ。

この数年、桧原湖でセイルを揚げたフネは見たことがない。尤も夏場に行ってるだけだが…
週末になるとカヌーやカヤックの体験教室が東岸で開かれて、子供たちが楽しんでいる。
手漕ぎボートに乗る人もいなくなった。
水遊びの主流はフィッシングで、平日でもトロトロ移動する電動エンジンのフネが幅を利かせている。
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30年前くらいに誰かが持ちいれた外来種のブラックバスに、ニジマスやヒメマスの存在が脅かされ村でも駆逐作戦などをしていたが、悪食ブラックバスはその旺盛な繁殖力と、釣られても逃がされるゲームフィッシングで湖を制覇していった。
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バブルがはじけて、村の観光にも影響が及ぶと、制御できなくなったブラックバスの対策よりもそれを観光の目玉にしようという動きになった。
冬の目玉だったワカサギの穴釣りよりも夏のブラックバスという感じだ。やがてワカサギも枯れるだろう。かつては佃煮が作れるくらいいた川海老もあまり見られない。
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一見代わり映えのない桧原湖だが、水の中の生態は大きく変わった。

キャンプ中は毎夜雨が降った。
トタン1枚のバンガローではちょっとの雨でも大きく響く。とりわけ就寝時の大雨だと逃げ出したくなるような破壊音だ。
こんな時は戦後の焼け野原で廃材を集めてバラックに住んでいた祖父や父を考えることにしてる。
こんな古いバンガローのようなものだったに違いない。私の小さい頃にはちゃんとした家屋になっていたがそれでもトタン葺きの家は多かった。

三日目は曇天で今にも降りそうな感じだったので、リルも連れて喜多方に降りる。
午前中は喜多方も細かな雨が降っていた。
喜多方では車のガソリンを入れることにしている。桧原湖周辺にはガソリンスタンドがない。
それから食料の調達や、毎回のことながら喜多方ラーメンを食べたりする。
喜多方ラーメン
喜多方ラーメンのルーツは横浜なのだが、いわゆる”中華そば”がこの山間の地でご当地ラーメンとなって人気が出たのはこの30年というところだ。
喜多方の飯屋で出されたラーメンが蕎麦中心だった麺の文化を大きく変えることになる。だから、喜多方の老舗のラーメン店は坂内食堂や阿部食堂というように”食堂”の字がつく。
「元祖喜多方ラーメン」などというのは新参もので、老舗の人気店では中華そばとか支那そばとかいう。いちいち”喜多方”などとはつけない。
かつては蔵の町だった喜多方は今ではラーメンの町である。
ちなみにラーメン消費量が一番多い県は山形なのだそうである。たしかに山形の人たちはよくラーメンを食べる。家内もラーメン好きだ。
でも、東京や大阪ではそんな統計をいちいちとらないだろう。餃子にしたって横浜でどれくらい食べられたかなんて誰も知らないからねえ。浜松と宇都宮の餃子戦争がアホらしく見えることがある。

午後には雨も止んで、帰りがけラビスパに寄る。
都会から田舎へ来たのだろう子供たちが横暴にふるまっていて、まるでプールの延長だ。
タオルを浴槽に投げ入れては飛び込んで取り、カランの周りでは水のかけっこをし、露天では温泉を周りの植栽にバサバサと掛けている。
父親が傍にいるのだけど全く注意をしない。我が家の風呂でもそうするのか?
桶で植栽に温泉をかけていた子供に、
「お湯をかけたら植木がみんな枯れちゃうよ」と注意したら、なぜか呆然と立ち尽くしていた。父親のところに行って私を指さして何か言ったと思ったら、そのまま親子で風呂場を出て行った。
外国人のマナーがどうのとは言うのにね。

キャンプ場に戻る頃にはほとんど雲もなくなり、カンチェンジュンガにその山容を露わにした。
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磐梯山はその噴火で山体崩壊したので、頂上は未だに8合目ということになっている。
リルを含めて3年ほど前に登ったが、今のたるんだ体ではちょっと無理かなあ。
リルはまだまだ登れるだろうな。
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この日はリルの避暑にならなかったので、長い散歩をしフリスビーで遊んでやる。
雨の日はどこに行こうとリルには面白くないからね。
ランプとリル
 お腹空いたよ。

夕飯の支度は(プルコギ)は家内に任せて、バッチャンが差し入れてくれた胡瓜の甘辛煮を食べながら、暮れなずむカンチェンジュンガを飽かず眺めていた。
夕方のカンチェンジュンガ

夜、僅か1時間ばかりだが満天の星空が見えた。本来なら三日月が出ているはずだったが、折よく雲に隠れていた。
本当の闇がそこにあり、風もなく波もないこんな日は湖面に星空が映る。
上空のジェット機の点滅が湖上を渡り、薄っすらシルエットとなった陸は鏡のようにその暗い相似形を水面に映している。
上と下に星があり、なにか宇宙空間に放り出されたような感覚になる。
そこに蛍が舞い飛んで揺らめいた光を投げかけると、眩暈すらする。
見渡す湖岸に灯が七つあり、それで人間界にいることを実感するのだ。

この後、深夜にはまた大雨となったが、また朝になると薄日が差してきた。
キャンプの撤収は前日から少しずつ用意する。
すっかり早起きになった我が家族、息子はリルの散歩に行き、家内が朝食を用意し、私が撤収準備をする。なにも言わなくてもそういう役回りになっている。
ごはん?
   ゴハン?
簡単な朝食を食べ終わると、荷物を車に詰め込む。
こんな時は少し寂しい気持ちになる反面、家の寝心地のいいベッドに寝られるという期待感も増す。
息子などはニヤニヤしてる。
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下界に戻れば10℃は違う。その暑さを覚悟しなければならない。
ジッチャン、バッチャンと淹れてくれたコーヒーを飲みながら、介護の話などをし、そうして帰る踏ん切りをつける。

帰りは往きにとばした五百川PAまで息子に運転させ、後は私が一気に家まで走らせる。途中、那須高原SAで休憩を取ったぐらいだ。
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皆さんが昼食を食べているときに鬼門の首都高を抜けたので、作戦は成功。
それでも、キャンプは家に戻ってからも勝負。
14:00には家に戻ったが、洗濯したり、食器洗ったり、寝袋乾したり、キャンプ道具を片づけたりとやることは多い。この分の余力を残しておかなければならない。
運転手には多少の減免措置があるが、あくまで多少だ。
ダラダラと汗が出る中で、缶詰め状態だったリルが遊べ、遊べと吠えまくる。
やっかましいぞ!
そのリルも、ものの10分も歩かないうちに舌を出してハアハアとなる。そのうちゲリラ豪雨になった。
天国と地獄だな。






2017.8.13  曇り 31℃

この二日間、リルと息子と一緒にマリーナに行っている。
昨日も涼しかった。
マリーナのピーター・ダック曰く
「今年は楽させてもらってますよ」、ってな具合だ。
ミス・リーが月照号の船底塗装をしていた。いつも夏場に上架してるが、今年は仕事が進むのじゃなかろうか。
8月にやっておけば1年はもつ。でもなあ…そこまでの体力ないなあ。
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教授のディンギーの取材はいつ記事になるのかと訊かれたが、私もよく分からない。
編集デスクの裁量の問題でしょうね。

15時過ぎには出港した。順風弱の4~5m/s、北東の風。この時期に北寄りの風だからねえ。
マリーナを出る時に「鬼号」を見た。鬼号には一杯クルーが乗っていたが、誰が船長かはすぐに分かった。
ミス・リーが教えてくれた雰囲気や容貌に間違いはなかった。
手を振ってのご挨拶。もちろん返答がある。
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長いセーリングはできない時間だったが、昨日は息子にセールアップからダウンまで一人でやらせてみた。
勿論、離着岸もだ。
いくつか注意をしたが、ほぼ操船は問題ない。まあ、それだけでシングルハンドは無理だけどね。
ヒヤッとするような体験を何度か積み、安全の確保と、問題解決能力のノウハウを学べば、近場のセーリングぐらいできるようになるだろう。
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私が教えてやれるのはこんなものしかないからなあ。一子相伝だな。

リルは久しぶりのセーリングにご機嫌。なにしろ涼しいしね。
リルはリルでヒール時のポジションをきっちり身につけている。
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 ヒールした時は風上のデッキにいるんだよ。

セールトリムとティラー操作を教えながら、浦賀7番浮標まで全部息子にやらせる。   
浮標について後ろを振り返らせると、その距離に満足そうな笑みを浮かべていた。 
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まあ、なんでも自信をつけることが一番なんだよな。
2時間半ほどで帰港する。

帰港後、フネ洗いしてる時にブームのスタックカバーにほつれがあるのを発見。
うへー、また縫製工かよ~
とは言え、もう辺りは暗くなり始めており、作業は翌日に回して帰る。

血だらけになるのを覚悟しつつ、息子に手伝いを願い出て朝早くマリーナに行く。
この手のカバーはミシン縫いされているが、1年中風雨にさらされたり直射日光に当たっている訳で、生地が丈夫でもだいたい糸が先にダメになる。
なので、少しでも長持ちさせるためにはセイル補修用の太い蝋塗りの糸がいい。
まあ、器用な人ならそれでスイスイと手縫いできるんだろうが、なにしろ私は図工も2なら家庭科も2。
極めつけの裁縫音痴ときている。
そこへいくと我が愚息、図工も5なら家庭科は4。圧倒的な隔世遺伝の典型。
要領を教えると、結構時間をかけながらもきっちり縫っている。
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 オマエ、やっぱり職人向きだよな。

途中からほとんど息子頼みとなり、私はキャビンのマットを天日干ししたり、扇風機回したり、日傘で影を作っていただけ。
途中でヤマネコ号の船長が訪ねてきた。今日はシングルハンドでセーリングするようだ。
今日は微風で日差しもあるから暑くなりそうだ。

朝方はキャビン内はそれなりに涼しい。
リルは役に立たないので、キャビンで扇風機を独占。
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 ハッチを開けると涼しいよ。

最初は50cmくらいのほつれだと思ったが、縫っている間に弱くなった糸がどんどん切れていくからキリがない。
当初は10時までには終えるつもりだったが、結果的に1時間オーバー。
なにしろ立ち仕事なだけに、途中で水分補給させながら交代しての共同作業。
なんとか2mほどを縫い上げた。
が、その差歴然!


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 右側の方が私、左側のラインが息子。

むー、ちょっと親としての立場がないな。
これが家庭科2と4の差な訳だ。
まあ、こういう時はいっぱい褒めるようにしている。豚もおだてりゃ木に登る。
当面専任縫製工だな。

帰りがけヤードを覗くとミス・リーご夫妻がほとんど船底塗装を終えていた。
”こだわり”のペラ塗装もうまくいったようだ。
明日下架するという。
リルと一緒じゃなきゃ手伝えるんだけどなあ。

夜、アダチ君から電話。キャンプ合流の確認。
そいうえば、まだ何にも用意してない…







2017.8.5  32℃ 曇り

家内が帰って朝飯地獄が終わったし、洗濯機にも見切りをつけた。
昨日までは30℃以下の涼しい日が続いたけれど、雨が降ったり雷が鳴ったりで散々だった。
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  全然おもしろくなかった。

今日から息子も夏休み。気温が上がらぬ朝からマリーナへリルと息子と一緒に行く。
土曜とは言え、8時台に出向するヨットはあまりいない。
釣り目的のボートはとっくに出ている。案外年寄り向きかもしれない。
歳はとったがなかなか早起きできない私にはちょっと無理かも。
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帆走するのは久しぶりだ。
今日は午後から吹くらしい。息子が午後から用事があるとかで、無理矢理午前中だけと付き合わせる。
風は南東の微風。それでも薄曇りだからあまり暑さは感じない。
「朝の海は気持ちいいだろう?」と息子に言うと、うんとコックリする。
まあ、この年になると親父とベラベラしゃべらない。
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まあ、男同士だからね。
ティラーは息子に任せるが、セイルセットは私の役目。どっちが船長だか分からない。
それにまして、提督居座って飲み食

あまり時間がないし、昼近くになれば今日は暑くなるらしい。
てなことで、八景島往復のミニセーリング。
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全日本インカレに行けなかったらしい大学ヨット部が練習をしていたが、なんだかせせこましい練習だった。
9時頃には釣船しかいなかったいつもの海だが、八景島シーパラダイスは書き入れ時。
いつものアトラクションも大賑わいだが、なんだか訳の分からぬ「Water Run Festival」などが開催されており、
若いオネエチャンたちがゴロゴロと集まっていた。
「オマエ、ああいうの行かないのか?」
「興味ない」
ふ~ん。こういうとこだけは父親似なんだよなあ。
リボン
 なんか楽しそうだよ。
 きゃあきゃあと甲高い声が響いてくる上、時折ギャーッとサーフコースターの悲鳴が混じる。
煩くてかなわん。祭は好きだがお祭り騒ぎは性に合わない。
やっぱり海は静かな方がいい。

10時を回ると陽が差してきて、グングン気温が上がる。
帰りはランニングだが、とてもリルには耐えられないから機帆走。
さっさと逃げ出す。
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帰着は11時すぎ。
途中でたくさんのヨットやボートに出会う。
この時間からだと微風なだけにかなり暑いよなあ。
フネ洗いして、家でお昼を食べる。
エアコン入れたら、もう外に出る気なし。

洗濯機到着まであと6日。


2017.8.3 
夕方、家内が実家から帰った。
って、別に別居していたわけではない。お盆時期にキャンプの予定が組み込まれたので、里帰りを早めたまでの事。ほんの四日ほどだったが、友達にも会えて喜んでいた。
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が、その四日の間こちらは七転八倒。
壊れた洗濯機の修理は土日こそ家内と二人で共同作業だったが、いかんせんハイテク技術のmade in Japanだけに原因究明にたどり着かず、家内なき後は孤独な作業。
排水チューブの詰まりとセンサー故障だと確信を得て、今を時めくTOSIBAさんに電話すると、
「部品製造は6年で打ち切りですので、ちょっと微妙かも...」とか仰る。
6年前には飛ぶ鳥を落とす勢いだったこのメーカー、今や東証二部すら維持できない状態。白物家電からは足を洗って半導体事業さえも身売りしなければならない窮状。下請け部品メーカーのことまで考える余裕もなく、5日間に及ぶ苦闘も虚しく買い替えることになった。
どこかの政党じゃないが、おごれるものは久しからず。

とはいえ、夏場は容赦なく洗濯物がたまる。
だいたい、洗濯物を大量に出すのは愚息なのだが、当の本人は未だ夏休みにならず使い物にならない。
詰まりの元凶はリルの毛だが、当の愚犬も脱衣場に行くとシャンプーされると思っているから顔を出そうともしない。まあ、いても役には立たないが…

洗濯機の排水システムにバイパスを入れ、”洗い”や”すすぎ”が終わるたびに手動で排水するようにした結果、脱衣場は絶えず水浸し状態となり、洗濯してるのか洗濯物を増やしているのか分からないようになった。
今日もまた洗濯しながら、甲板掃除に励む船長であった。
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   お外の方が居心地いいよ。

全ての家事が私に託され、朝早い息子の通学に合わせて通常よりも2時間早く起き、朝食を作ったり散歩に出かけたりする。
息子が出かけた後は洗濯機と格闘する日々の中で、歯医者に行ったり実家に行ったりし、帰りがいつになるか分からない息子のために夕飯を用意する。
「夕飯食べてきた」という言葉、今後はくれぐれも使わないようにしよう。

こんな中、家内が帰省した8月1日の午後から横浜はゲリラ豪雨。
1時間に120mmの雨量を計測し、街は大混乱。警報はもとより、15時前にはとうとう一部地域に避難勧告が出された。
我が家は高台だが、南斜面の隣町は土砂災害の恐れがあるとして避難勧告地域に指定された。
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  こわいよ~

我が家や実家は大丈夫だが、ボランティア教室の生徒さんが住むアパートなどに避難勧告が出されたので、個々に連絡を取る。「ひなんかんこく」と言われたって、わからないからね。
夏休み帰国中の生徒さんにはSNSで一報しておく。っていうのは簡単だけど、日本語じゃわからないから翻訳に手間取る。皆さん、律儀に真夜中に返信メール。

そりゃ落雷をともなった激しい雨で、リルはペギーのように逃げ隠れしていた。
これで停電になったら冷蔵庫もダメになるなあと思いつつ洗濯機をひっくり返し、家の内外でびしょ濡れになっていた。
こうなると、とてもヨットに乗ろうなんて気もなくなる。エンドウの車じゃないが海は迷走台風5号の影響もある。

思えば、家内が帰省する前日に皆でマリーナを楽しんだことが嘘のようだ。
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 抱っこして~

帆走はしなかったけれど、久しぶりにファミリーで夕刻のひと時を過ごし、アウトレットで食事した。
リルはみんなが一緒だったので大喜び。
群れをなす動物は家族が全員揃うと嬉しいのだ。
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早起きをしながらも、なかなか帰らない息子を待って寝不足状態が続き、すっかりリズムを崩してしまった。
家内のご帰還があと1日遅かったら、リルと家出するところだった。
まあ、ここのところやたら涼しかったからリルもしのぎやすかったけどね。
今夜も上着が欲しいほどの涼しさ。散歩でもするか?
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 from dusk till dawn

新しい洗濯機到着まで、あと8日。

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