D旗たなびく

忘却甚だしく、メモ代わりにちょっと書くだけ。 コメントは受け付けていません。

カテゴリ: ボランティア

昨日は市が主催する「日本語ボランティア入門講座」の内容について、元締めのNPOや市の職員、地区内の教室代表者からなる会合に出席した。まともな会議なんて本当に久しぶりで、私なんぞこの歳で新参者だからなるべく発言を控えようかと思ったのだが、まあ結果的にわが意を得たりという感じだった。
最近急激に外国人登録者が増えていて、私のような出不精でも毎日のように外国人を見かける。実際、人口の減少や、労働年齢が上がっているこの国ではどこかで外国人労働者の受け入れを認めざるを得なくなるだろう。
一方で難民の在留許可などは申請者の1%にも満たず、ドイツの40%、米国の60%に比べるとあまりにも少ない。許可申請をしてから最長5年も結果を待たされたら飢え死にしてしまう。観光ビザを乱発して不法滞在や不法就労を生む結果となっている現状もある。
”鎖国”に等しいような入管規制だが、かといって外国人労働者を受け入れる下地も作れていない状況があるわけで、表面上の「おもてなし」で飾っても不法滞在者は増えるばかりだ。
”壁”を作らなくても「海」というバリケードを張り巡らしている。

今日はその海に行ってきた。
私の目に映る外国船は唯一、日本が海外に開かれているんだと思えるものだ。
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今日は15℃を超え、暖かく風も穏やかな日だったが、昨日の会合のあとのボランティアと終わった後の中華屋さんでのおしゃべりと、オリンピック観戦の興奮が冷めやらずなかなか寝付けなかったから、どうも怠くていけない。首周りに妙な張りがあって少し痛い。
で、フネに乗れなくてもとにかくランチと日光浴ぐらいはと思って出かけたのだった。
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  おフネでごはんだよ~♪

マックのテイクアウトもなんだか久しぶりで、デッキにクッションを並べてボケーっとハンバーガーを食べていた、までは良かった。
こらえ性がないというか、後先考えずに行動するというか、
「まあ、機走ぐらいなら…」という愚かな考えが浮かびはじめ、先月風邪とインフルの合間に水遊びして症状を悪化させたことなどはケロリと忘れてエンジンを動かす。
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午後になって南東風は東風になっていたにも拘わらずだ。
それでも、最初の1時間は、キラキラとした海で波も少なめ。風も4m/sと手ごろだっただけに、ちょっと帆走を…などと考え始めた。まあ、さすがに体の怠さや睡眠不足が自重させた。
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ヨットもボートも数えるくらいしか出ていないし、降り注ぐ日光とスローなジャズはよく合う。
リルも楽しんでいるようだった。
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午後から出たのでそれほど時間があったわけではない。私としてはこの贅沢な時間と心地よい揺れと、暖かな陽光があればとても満足だ。
久しぶりのシーパラダイス。
こんなところでプカプカ浮いてるだけで満たされてしまうのである。
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が、3時近くになるとあれだけ晴れていた空に雲がかかりはじめ、気温が下降して北東風が吹き始めると海の様子が一変。
この冷たい風に誘われて三角波が大きくなり、帰りは風も8m/s以上になって白波が立つ。
うへー、またかよ。
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 水が飛んでくるよ。

最後はさんざん波にはたかれて、リルともども水濡れ。
それがまた冷たい!
帰港してもフネ洗いなし!

帆走しないでよかった。




明日が開幕のピョンチャン五輪だが、カーリングやジャンプといった予選は今日から始まっている。
何よりありがたいのが時差の関係。2年前のリオ五輪の時は日本では真夜中の競技観戦となって、すっかり昼夜逆転になってしまった。
スポーツは好きだ。選手がどうの日本がどうのという前に、なにより嘘もヤラセも仮想もない実競技だということ。作り物でも虚構でもない真剣なものであることの意味は今の時代とても意義があるような気がする。
ただねえ、私は寒いのが苦手。雪や氷の中を薄い競技スーツでやっている選手を見ただけで身震いしたりする。選手は動いているからいいけれど、その姿を見ている観客はすごく寒いんだろうなあと余計なことを考えてしまう。なので札幌も長野にも足が向かなかった。
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冬の韓国ソウルに行ったことがある。
夜の冷え込みは尋常ではなく、雪はそれほど降らないものの体の芯から凍えた。緯度的には福島県と変わらないけれどシベリアの冷たい寒気がダイレクトに街を包むから横浜生まれの私にはとてもじゃないが出歩けない。韓国の人たちが激辛のものを食べる理由がよく分かったという感じだった。
韓国はやっぱり秋がいい。

さてピョンチャン五輪だが、日本語をサポートしている私としてはもう”ピョンチャン”という表記で立ち止まってしまう。日本のメディアは”平昌五輪”と表記している方が多いように思う。
これ、とても複雑な問題。
先月まで担当していた韓国人ジャンさんに、日本漢字を教えるのにはずいぶん気を使った。彼女が日本語能力試験1級(N-1)に挑戦したいと言ったので漢字を教えてはいたけれど、それがすべての韓国人には当てはまらないのだということを知っていないといけない。

日韓併合時代に日本語教育を強いられた彼らは、戦後まもなく漢字廃止運動を起こす。あの時代、高等学校にあって漢文教育はほぼ必修。
かつて漢字文化圏だった韓国では、その言葉も日本語の音読み以上に影響を受けている。なのでハングルは音節表記で漢字一文字をハングル一文字で表すことができる。だから、漢字は不要だという論が成り立つ。ただ、三国時代等15世紀以前の歴史的書物はすべて漢字で書かれているわけでこれを全く無視することはできないし、自分の祖先や家系を表す名前も漢字表記だったために国論が二分。結局四半世紀を費やし国策として漢字廃止が宣言された。1970年以降に教育を受けた人たちは漢字を習ってない、はずだった。ところが、元々国論を二分していた漢字教育、その後世界を席巻した日本経済のバブル、その後の中国の目覚ましい経済発展などに圧される形で観光を中心に漢字復活論議が絶え間ない。実際、前パク・クネ大統領がそのまま政権を握っていたら、今年は小学校3年生から漢字教育が復活されるところだった。
ここまでもめると、安易に韓国人に漢字を教えられない。そもそも漢字廃止論は反日運動から起きたわけで、微妙な問題を含んでいる。復活論者も簡体字は認めても和製漢字はいかがなものかという意見だろう。
なので、「平昌五輪」にはちょっと違和感を持ってしまうわけだ。
尤も、最近では漢字復活論が優勢のようで、私立や特定地域では小学生の漢字学習がなされていると聞く。また中国簡体字では当然ながら”平昌”と書くから、中国人向けの案内としては間違ってはいない。
ちなみにソウルはソウルと表記する。ソウルに漢字はない。間違っても京城とか書かないようにしなくてはいけない。それは勝手に日本人がつけた当て字なのだ。
日本語を教えるといっても、それなりに準備が必要なわけね。

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 いつも”うるさい”って言われるけど…

本日は実家。お昼を食べても15分で何を食べたか忘れてしまう母に、食後すぐカレンダーに食べたおかずを書き込むようにと言ってきたけど、それももう忘れてるだろうな。
何を食べたか覚えてないから、いつも同じ食事だったりするわけで、父が「もうサンドイッチは食べたくない」と言っていた。毎週冷蔵庫の整理をしているけれど、いつも同じものが腐りかけている。

家に帰ってリルと散歩。そのあとリルの床屋。
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 ちゃんと静かにしてるよ。

切った細かな毛が鼻を刺激してクシャミ三昧。
もうクシャミは飽きたよ~

ボランティアはどうにかこうにかやり遂げた。
担当しているジャンさんは、来週で一旦教室をやめる。彼女はワーキングホリデイで日本に来ているためとにかく仕事をしなくてはいけない。
アルバイト先の外資系企業で株主総会用のハングル訳と会場案内図を作らないといけないらしい。一応退勤は6時なのだが、神田神保町の会社からだと教室まで1時間半ほどかかってしまう。これだと間に合わない。
三月末にはその仕事も終わるので四月からはまた来ると言っていたが、なんにでも一生懸命な彼女にはもう少し”ホリデー”してほしいくらいだ。
この年末年始も出かけたのはせいぜい東京で、銀座や秋葉原といったところだ。学生時代から何度か来日してるらしい。日本が好きなんだなあ。
という割に、来週が最後なのでたっぷり宿題を出しておいた。まじめな彼女は嫌な顔一つしない。
韓国人は勉強するという習慣が当たり前のようになってる気がする。
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今日は母の介護協議会。二年に一度、ケアマネやデイサービス施設長を交えて今後の介護サービスや介護の方法などを話し合う。
まあ、当然本人はそんな予定を覚えてるわけもなく、いつもの調子で「聞いてない」と言ってたが…

母の行っているデーサービスは運動と温浴が中心なのだが、いくつかの運動機能チェックがある。
1年に1度スポーツテストがなされ、握力や歩速度などの”通知表”が出される。
これが、みんな右肩上がりなんだなあ。
施設長も家族もケアマネもびっくりしていた。本来は”運動機能維持”が目的だからだ。
本人は大喜び。これで認知症の度合いが進まなければ、心身ともに健康なんだけどなあ。
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 オマエとあんまり変わらないよ。

これからもたくさん肉を食べさせよう。と言いつつ、風邪ひいて寝込んでた私よりもずっと健康なんだよなあ。
てなことで、和やかで笑いのこぼれるような協議会だった。

さすがにリルはこういう場には来れないから、昼過ぎに帰ると大騒ぎ。
散歩に出ても風が強くて寒いから、こっちが音を上げて30分。だって、また風邪がぶり返したら困るからなあ。
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 日向ぼっこでネムネム。

明日は母もそのデイサービスなので特別な予定なし。少し、この近隣から脱したい。

私のスマホ、PCとUSBで接続し、ITunesで同期していた時にフリーズ状態になり、うんともすんとも動かなくなった。
昨夜遅くまでリカバリー作業をしていたがどうにもならない。
今朝、アップルのサポートセンターと電話でやり取りしていたが埒が明かない。
「本体交換になりそうですね」とか言われ、修理をしてくれる正規店を紹介してもらう。
が、今は最新iPhone8が出たばかりで、アップルストアはどこもかしこもカオス状態。そんなつまらぬ修理など後回し。
「修理予約の受付してますが、今からだと…4日ほど埋まってまして…ご来店いただいてキャンセル待ちしてもらうか…」
って、そりゃ今は無職だからいいけどさ、現役だったらえらいこっちゃ。
てな訳で、今のところスマホなし。メールはパソコンで見られるけど即答は無理。
電話は通じないからね。と一応この場で釈明。
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一番困るのが、ボランティアの問い合わせ。HPでも窓口になっているから困る。元締めのNPOや市や区の担当から電話を受けられない。だいたい週に一度か二度くらいそんな電話がスマホにかかる。

今日は今月末で台湾に帰る許(シュウ)さんと、その友達の鄭(チェン)さんと待ち合わせてマリーナに行く。
許さんにはどうしても会いたかった。
この春、ベテランの二人のサポーターがお辞めになって、レベル別のグループ分けを縮小せざるを得なくなった。N-2レベルの最上グループは私が担当していたN-3レベルと合体したために、ガクンと内容が下がってしまった。
許さんはそのために一月ほどで辞めていったのだ。
7月試験に向けて頑張っていたのに、梯子を外された格好で本当に申し訳ないことをした。
幸い、彼女の努力でN-2は受かった。8月にその報告を受けた時にはホッとしたものだ。
彼女は台湾の国立大学を卒業して、観光雑誌の記者として社会人を3年近く経験している。日本では社会人になってから留学を考える人はそれほどいないだろうが、台湾や韓国などではよくある事。そうやってキャリアを積んでより良い選択肢を広げていく。
いまでは、東アジアの国からやってくる留学生や留学受験生はとても多いが、中には自国で職がないから親に費用を全部出させて日本に来るような人もいる。
許さんはそういう就職浪人とは違う。それだけに、ずっと気がかりだった。

鄭さんも私のクラスだったが、ルームシェアの関係で他区へ引っ越したため通えなくなった。
以前からリルの大ファンだったので、リル会いたさに許さんとやってきた。彼らは姉妹のように仲がいい。
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夕方頃の到着だったから、フネに乗せてマリーナをぐるっと回っただけだが、許さんはそれで船酔い。
マイアミのサーフィン大会に出た経験を持つ鄭さんは念願のリルと一緒に大はしゃぎしていた。
リルはいろんな人に撫でられてるなあ。

妹が台湾からやってきた鄭さんはそのまま新宿のホテルに行ったので、許さんと二人で食事。
まあ、リルと一緒だからたいしたところではない。
彼女とゆっくり話ができたし、私の知らない情報もたくさん教えてもらった。それはとても有意義な会話だったし、知らない間に許さんの日本語がうまくなっているのにびっくりもした。
たった1年でここまで話せるようになるのは並大抵の努力じゃない。
私は彼らに日本語を教えているが、実は彼らから学ぶことの方が多い。
あと、1週間で許さんは帰国する。日本語学校の卒業式もあるようだ。
「必ずワーキングホリデーでまた日本に来ます。来たら先生に連絡します」
そうやって別れた彼女は、とても自信に満ちた目をしていた。

明日は両親と墓参り。


2017.6.10

シリンダーヘッド交換後、翌日には久しぶりにリルとオニギリ。
エンジンは快調。(ちょっと音がうるさくなったような…)排気排水はばっちりだった。
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リルも久しぶりに海に出てご機嫌だった。
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   おにぎり食べたよ。

ボランティアでは3年以上在籍した劉さんが卒業することになり、律儀な彼女はきちんと服を整え、ちゃんと化粧し、皆に餞別のお菓子を持参した。
よく3年以上も続けてくれたことに感謝。話す方は流暢とまではいかないが、聴くことに関しては日常生活にまったく困らない程度になっている。
私が最後のサポートだったが、4人の先生に支えられ、ほとんど話せなかった日本語や日本の慣習まで習い終えた。あとは生活の中で語彙が増えていくだろう。
また遊びに来てほしいと伝える。
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雨の降った木曜には、ミナト散歩。
この日、梅雨入りしたと発表があった。
平日の雨上がりだから少しは空いてるかなと思ったけれど、どうして、どうして結構人がいる。
コクリコ坂

中華街で昼食。食べ過ぎた。
なんというか、ミナトを見て育ってきたので、月に一度くらい足を運ばないと忘れ物をした感じになる。

金曜には久しぶりのセーリング。
微風だったが、リルと帆走するのは久しぶり。感覚的にはちょこっと自転車で出かけたくらいなのだが、こんなことも日常になってる。海のそばで育つと海の上にいないと窮屈に感じることがある。
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ただ、さすがに微風だと暑さを感じる。
リルにはできるだけ日陰を作ってやるが、これからしばらく日中を避けないとなあ。
夏が本格的になったらリルはエアコンの下で留守番だな。
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   夏は苦手だよ。

乗った翌日はほとんど常習化してる整骨院通いもまた日常。
母の通院や薬のお届けはほぼ息子の役割になりつつある。免許取らせておいて良かった。

今日はハラ先生から”明日葉羊羹”なるものが送られてきた。
御年70歳の先生が大学院に行き始めたのがこの4月。今度は大島の海洋高校に短期の非常勤に行くという。
それも来週からだ。
いやあ、いったいどこからそんなバイタリティが生まれてくるのか。
夏季休業に入る7月20日までの一月ほどらしいが、大島へは通勤できないから東京都の職員住宅に入るらしい。電話をすると引越し作業で大わらわだった。
引越代金は出ないし、日勤報酬だから、下見含めてほとんど金にならない仕事だ。損得だけではとてもやれる仕事ではない。それに大学院の講義だってある。そちらはネットとメールでやりくりするらしい。
「もう、ボランティアみたいなものですけど、高校で教えられるのは楽しみなんですよ」
と、笑いながらさらっと話す。
頼まれごとならいざ知らず、自ら進んでなにかに挑戦しようとするハラ先生はすごい。そういう人生をむしろ楽しんでいるようにさえ感じる。
「私たち(夫婦)には”老後”はありません」とまで仰る。
一見突飛で無計画な感じがするのだけれど、彼女には自分の限られた命をどう使うのかというはっきりした目的があるように思う。
そのハラ先生が、なんで私ごときを相手にしてくださるのかは皆目見当がつかない。
「あなたも頑張ってね」と背中を押されているような気はするのだが…
雑念が多いからなあ。

ミニバイクのバッテリー上がる。
こんどはこっちかよ!

     




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