D旗たなびく

忘却甚だしく、メモ代わりにちょっと書くだけ。 コメントは受け付けていません。

カテゴリ: 友達

始まりました。春の恒例(高齢)行事、船底塗装。
本日より三日間でやりきる。
IMG_0114

我が家の家族イベントとして位置づいているこの船底塗装。
普段は海に行くのを嫌がる家内も、春秋のこのイベントには必ず参加。家族で行うのを基本としている。今日は助っ人に友人タカハシがわざわざ茨城から電車に乗って駆け付けてくれた。
みんなでワイワイやって、終わったら一杯飲むという、数少ない飲酒の機会でもある。

上架して半年ぶりに見る船底は、苔のようなものがくっついているだけでイソギンチャクやフジツボなどの貝類はほとんど付着なし。やっぱりこまめにやるべきだと実感。
IMG_0115

全体が苔で黒ずんでいるけれど、こうした水苔は高圧洗浄機で弾き飛ばせば簡単に取れる。
毎回こんな感じで、ゴシゴシとスクレーパーを動かすことはない。


IMG_0118
 高圧洗浄機を使うタカハシ

高圧洗浄が終わると、なんだかもう下架してもいいくらいになるが、問題はプロペラ。
船底が海洋生物の巣になって、”カキ”やムール貝(和名では修理貝という)の巣になっていたとしても、それで沈んだりはしないが、ペラに付着するとシャフトの回転に偏りが出たり、海洋生物の付着で回転数が落ちてオーバーヒートする可能性がある。
ペラだけは私の専務事項となっている。
が、
あまりにきれいなのでびっくり。
IMG_0121
 
なんだか昨日塗布したような状態。これだけきれいだとこの皮膜を全部取るのにはかなり労力を要する。
むー、どんなもんかなあ。
一応メンテスタッフに診てもらうと、
「これは、まったく問題ありませんね。半年後にまた塗装するなら十分耐えうると思います」
というお墨付きをもらったので、最低二日がかりのペラ剥離塗装がなくなった。ペラクリンの塗装費も浮いて一石二鳥。
ジンクも減りが少なかったが、これだけは一応交換。

息子と高橋はハルの汚れ落とし、家内はキャビンのシートやマットの洗濯、これはもう何も言わずとも各々が役割を分かっているので私の出番がない。
しょうがないので、船底の塗装ムラをサンダーで削っていた。
船底は何度も上塗りしているので、凸凹したところがどうしても出来てしまう。古い塗装の上に塗っているから厚化粧もいいところだ。
これを全剥離するにはどうしたらいいかをハーバー課長に訊いた。
「ノミですね」
「ノミって、あの木に穴をあけるノミですか?」
「少し歯が広めのものを一人三本ぐらい用意して、10人くらいの人海戦術でやれば十日間くらいで終わるんじゃないでしょうか。そこまで体力が持てばですけど」
えーっ! 延べ百人かよ。なにも島にこもった逃走犯を捜そうってわけじゃないんだよ。
「剥離剤はだめですか?」
「一番上の塗装だけを取るにはいいですけど、その下までは効果がないので結局むだになります」
やーめた。
毎回ボロボロと落ちる旧塗装が気になっていたけど、こまめにスクレーパーやサンダーで落とした方がいいや。

昼はマック。実は昨日もフネに来て下準備していたが、お昼はマック。いい加減飽きてきた。
たっぷり昼休憩をとって午後から塗装。
IMG_0127

ローラーが3人分しかなかったので、私は塗料の補充係。まあ小姑のように、ここがまだダメとか、厚すぎるとか言って回っていただけ。私は三日間やることになるので、本日は楽をさせてもらった。
っていうか、みんなが坦々と作業をこなしていて、入り込めなかった。
塗ってしまえば乾くのを待つだけ。本日はこれにて終了。
IMG_0125

4時には家に帰って、高橋の解説でベイスターズ戦のテレビ観戦。
この時グッドタイミングでアダチ君から電話が。
亡き友人ノブシロの墓参りに行ってくれた小名浜からだった。家にいたのは30分ほどだったから、こりゃあ天の引き合わせ。ほぼ2年ぶりとなるアダチ君とタカハシの会話。

5時には居酒屋でビールを飲んでいた。イサキの刺身うまかったあ。
初日、楽して終了。



三寒四温とはよく言ったものだ。
毎朝、何を着たらいいか迷う。隠居の身なれば、何を着ようとどうってことはないのだけれど、みすぼらしいのは好きじゃない。
暖かかったり、寒かったり、曇ったり、晴れたりと季節の変わり目は毎日表情を変えるが、一定しているのは風が強いこと。ここのところ強風注意報が出っぱなしで、その分マリーナからも遠のいている。
こういう風の強い日に桜は開花する。強い南風に触発されるんだろうか。
我が家の近くの公園でも昨日開花した。

IMG_6179
 我が家の標本木としている桜木。

台湾の留学生に、試験に合格したらそれを遠く離れた家族・知人にしらせるとき「サクラサク」と打電したんだよと教えたことがある。
彼女はそれをたいそう気に入って、桜を新たなステージの象徴と捉えたらしく、桜が咲くとまた一年頑張ろうという気になるんだと言っていた。
「試験に落ちたら、なんていうんですか?」
「サクラチル」
「なるほど!」
まあ、千々に舞い散る桜には「もののあわれ」と盛者必衰の死生観が底辺に流れているのだけれど、私が思うに彼女がイメージしたのは椿のようなポロリと落ちる首切りイメージだな。
そういうのはもっと日本語と日本文化に精通しないと説明もできない。
せいぜい、卒業と新入の出会いと別れ程度の説明にとどまる。
尤も、愚息などを見ているとたいして差がないような気がするが…

IMG_6174

そんな愚息も今は春休み、今日は何するか、いつ帰るか分からない。ほとんど平日は学校に行っているが、たまにずっと寝ていたりする。
今日も出て行ったかと思っていると昼頃むっくり起きだして、今日は家にいるとか言い出すので、昼食を作ったり、外食したりする。迷惑この上ない。
IMG_6180
 桜咲いたよ~

桜とともにやたらとかまびすしくなるのは野鳥の鳴声。鶯も本格的に鳴きだしている。カラスを含め恋の季節だから、朝はそんな小鳥の声で目が覚める。(その前にギャンギャン鳴くやつがいるけど)

春の寿ぎ。桜の舞い。その華やかさに人生の春を感じる人が多いかもしれない。新たなスタート、アップステージと意気込む若者は多いだろう。
その鮮やかな桜花には表裏一体の別れもある。

友人タカハシは18歳になる愛犬を亡くした。一月も前の話だが、ばったりと連絡も途絶えた。
昨年末には愛猫にも逝かれてしまって、悲しみのどん底にある。
奥さんは毎夜泣いているそうだ。
仕事をしている方が紛れると、週末も家の補修や土いじりをしてるようだ。
犬や猫は、家に迎え入れた時からその日が来ることを必ず覚悟しなくてはいけない。可愛いからというだけではなく、その死をみとる意識も必要だ。
わずかな時間を共に分かち合いながら、感謝と愛おしさを胸に抱き、時として肉親よりも強い絆を結ぶ。
その別れは悲痛だ。どうしようもないほど空虚だ。時が経てば経つほど這い出したくなるような悲しみが心に住み着いてしまう。
そして、思い返せば思い返すほど「ありがとう」という言葉しか出てこなくなる。
ただ冥福を祈るのみ。
IMG_6178 (2)

リルを我が家に迎え入れたのは、先代コニーへの深い感謝からに他ならない。私がいつもリルと一緒にいるのはコニーに対する悔恨があるからだ。ともにわずかな時間を精一杯生きる。

咲いた桜は必ず散る。
私は桜を見るたびにコニーを想う。


ナオト氏がまたなにやら作り始めたようだ。何かを作るための道具作りをしている。
先日、メールでカナディアン・カヌーの部材について聞かれたが、そもそも図工2の私なぞにアドバイスなどできるはずもない。
ただ、そのメールで忘れていた記憶が蘇ったので、ちょっと書き留めておこう。

昨年二十三回忌だった友人の墓参りに新潟まで行ったが、その友人は生前、みんなに”陽さん”と呼ばれて慕われていた。人望というか人間力というか、決して誰からも後ろ指をさされない男だった。
彼は私の結婚式の司会もしてくれたし、アダチ君の結婚式に出席するために車に家族を乗せて福島まで行ったりする律義で明るい男だった。なによりも家族思いで、いつも家族と行動を共にした。
未だに何故?という気持ちが私にはある。
病没した彼には愛妻の”オタマ”と小学校5年生になる一子、孝太郎がいた。

こうしてそのシーン、そのシーンを思い浮かべていると、堰を切ったようにいろんな思い出が洪水のように押し寄せてくる。
桧原湖のキャンプ、イグルー作りや映画作り、オタマの料理、故ノブシロとの交流、ガンダーラ計画等々…
IMG_4642

彼が亡くなる三か月ほど前、私は彼が入院している病院に呼び出され、誰もいなくなった通路のベンチで三つのお願いをされた。
一、葬儀委員長をしてほしい
一、孝太郎を海外に連れて行ってほしい
一、孝太郎に大工仕事を教えてやってほしい

内容がバラバラで一貫性がない。それに、その時彼はまだ元気で余命宣告を受けた人間には見えなかったので、葬儀委員長の話は縁起でもないと断ったが、ほかの二つは彼が生きていることを前提に快く引き受けた。
この辺のいきさつは思い出すたび後悔の念にかられるので、ちょっとカットだ。
そして、1995年(平成7年)2月、我が友は肝臓ガンで逝った。

この三番目の遺言にそって、小学校6年生になった孝太郎にカヌー作りを持ちかけた。
当時、私とアダチ君共有のディンギー、「ウィンダミア号」の艇庫が福島県の安達太良山中、殿上牧場近くにあった。
陽さんとの三家族で、その広い土地をどう活用していくのかを話し合うことを「ガンダーラ計画」と呼んだ。
桧原湖ではセンターボードのあるディンギーだと入り込めない入り江があり、詳細な?地図作りのためにはカヤックかカヌーが欲しかったという理由もあった。
孝太郎とは彼が7歳の時から付き合いがある。父を亡くしたばかりだから、寂しかったのだと思う。いつも悪だくみをしている”おかしなオジサン”の話に耳を傾けた。
「いいね。やってあげる」
などと二つ返事。
「男同士で作るんだよね」と偉そうなことを言うくせに、いざ殿上の艇庫に行くと真っ暗な夜に響き渡るカエルの合唱が怖いと泣き出す始末。大工仕事どころか乳母替わり。

カヌーを作ろうといったものの、私はまったくのど素人。ましてや図工2。
「孝太郎、おまえ、図工いくつ?」
「3」
負けてる。

とにかく約束した以上、”大工仕事を教える”ことをしなくてはならない。
実行に移す前に津久井湖のカヌー工房を見学。しばらく週末だけお手伝いをしながらカヌーの特性や構造をお勉強。が、わかったのは自分にはハードルが高すぎるということだけ。なにしろ、機材や道具、材料を含めると、とてもじゃないが何年かかるかわからない。一月ほどでギブアップ。
「なんかこう、チャチャっと作れるような方法ってないんですかね?」
で、素人でも作れるキットがあるという情報を得た。
IMG_20180310_0004

それでも、キットが届き艇庫を整備し、電動工具を買い込んだりしていたらGWになってしまった。
ドライバー持ってこい、金づち持ってこい、と指示を出してもそのもの自体が分からないからやたらと手間がかかる。
「おい、クランプ持ってこい」と言って出されたのがトランプカードだったりする。
「これ、できたらさ。夏休みの自由課題にするよ」
って、オマエまだなんにもしてないだろ!

だが、この”夏休みの” で、工期が決まってしまった。
ほとんど毎週末、福島へ出かけ艇庫に泊まり、時には仕事をさぼったりしながら、およそ見学した工房のものとは似ても似つかないカヌーらしき原型ができたのは7月末。
IMG_20180310_00012

運動会だ、授業参観だと孝太郎が来れない日もあったので、最後の方は家内を助っ人にしてサンドペーパー係。
いまでこそ、ステッチ&グルーなどと言うけれど、当時は針金とガラス繊維で外板を繋ぐ方法。
部材もカット加工しなければならず、プラモデルのようにはいかない。
IMG_20180310_0002

たまに来る孝太郎は、
「できたらさ、白いカヌーがいいよ」などと注文をつけ、どっちが現場監督かわからない。
でも、なんとか夏休みに作業を集中させて出来上がる。
「おー、これフネみたいだよ」
「少なくともフネだよ。で、フネの名前は何にするか考えたか」
「うん。お父さんの名前」
「...」

と、図らずもここで涙してしまうのであった。それを見て孝太郎も泣き始める。
出来上がってしまうと、この共同作業も終わる。それくらい孝太郎にもわかる。

IMG_20180310_0003

船名は孝太郎に書かせた。

オタマを驚かせたいという孝太郎の希望で、彼女にはカヌー作りの詳細は一切話していなかった。
夏休みも終わり近くになって、「陽一良号」の進水式を桧原湖で行う。
「すご~い。これ孝太郎が作ったの?」
「僕だけじゃないよ」って、そんなの誰が見てもわかる。
IMG_20180310_0005

「これ、ちゃんと浮くの?」
ヤダー怖い、とか言ってるオタマと孝太郎に処女航海をさせる。
私も孝太郎と「陽一良号」を漕いだ。
孝太郎はこの日のために陸上でパドリング練習の特訓をしたのだった。
「1、2。1、2。」息を合わせるとグングン進む。水のブルーが美しく、夏雲の白さにカヌーが共鳴した。やり遂げたという満足感もあった。
私はそのまま孝太郎がどこまでも真っすぐに進んでいくことを望んだ。

本来の目的だった「大工仕事を教える」とは程遠かったかもしれないが、孝太郎の悲しみを分かち合えたような気がするのである。
私たち自身、前年に最初の子を流産させてしまったのだった。
あの夏の日、孝太郎は”友人の息子”ではなく、友人となった。

その孝太郎も今では結婚し、一昨年子供もできた。
大人になってしまうと、オジサンとは交信も絶えがちになる。それはそれでいい。
悲しみの記憶と一緒だったあの年の夏を踏み越えて、彼が元気であればいい。


今日は3.11。 福島の人にとっては未だに続くメルトダウンによる被災。
こんな日に申し訳ないが、生まれ落ちた日が悪い家内の誕生日。
ささやかに祝う。
IMG_6152












この木曜日から明日3/11まで、恒例のボートショーがMM21のパシフィコとYBMの2会場で開催されている。
毎年、誰かを誘って見に行くのだが、今年は後輩のエンドウに声をかける。
曇天の北風が強い中、踏切侵入があったらしく電車が遅れて、のっけから桜木町駅で30分も待たされる。
IMG_6134

会場に向かう途中で昼食。
普段街には出ないから、懐かしかった「シェイク シャック」のハンバーガーを食べる。
昨年の秋に進出してきたニューヨークのハンバーガーショップ。マンハッタンでは有名だ。私もアッパーウェストサイドのコロンビア通りで食べたことがある。ケチャップを塗りたくったどこぞのバーガーとは違う。アンガス牛の自然な旨味が染み出してくるようなうまさがある。まあ、オジサン二人で食べるようなものじゃないが…

毎年ボートショーに来ていると、同じようなものはつまらない。できるだけ初お目見えのものを物色するようになる。

IMG_6139

が、乗り物好きのエンドウからすれば見るものが真新しいから、あちこちのボートに入り込むことになる。彼はその値段の違いを実感したいらしい。
「その辺の家より高いじゃないですか!」とか、「これなら家が2軒買えますよ!」とか、かまびすしい。住宅内覧会か。
IMG_6145

エンドウはいわゆる”カーキチ”という輩で、車の事にやたらと詳しい。
本人も25年物の”スカジー”に乗っている。その前の車もケンメリのスカイラインで、とうとう動かなくなったので岐阜まで赴いて買ってきたという。その車もやたらと不具合があって、修理のためしょっちゅう岐阜まで往復している。スカジーの専門店があるらしい。
IMG_6140

てなわけで、会場に展示されているランボールギーニやロールスロイスなどの高級車を見かけると、子供ごとく目を輝かせ、時には這いつくばって眺めるので、その間私はずっと待ちぼうけを食うのである。
職場の文句と上司の愚痴が多いエンドウだが、そんな”ガキ”みたいなところが好きなのかもしれない。

だいたい、ヨット・ボートの展示場になんでこれだけ車が多いのか訳がわからん、と毎年感じていたが、エンドウが漏れ聞いた話では税金対策の一手段であるという。
「これ、売ったら元値より高くなるかね?」という交渉を聞いてたらしい。
今年の経費で落としても、手放すときに益が出たら節税にならないということらしい。まあね、1億円もするようなクルーザーをポンと買ってしまう人たちだから、中身や性能はどうでもいいんだろうな。

そんな中、フラフラ見て歩いているとなぜかヘリコプターが。
IMG_6142

こうなるともう訳が分からん。なんでもありか?
車がいいならヘリまでも、っていう感じで。それを見てる人が、
「俺のフネより安い」などと言っている。だって、免許やヘリポートが必要だろう?買えるか買えないかの判断なのか?
どこかの美容クリニックのCMが浮かんできた。美容整形と自家用ヘリの繋がりってなによ?
それでもエンドウはしっかりとヘリに乗り込み、販売担当に操縦方法についての教えを乞うていた。
IMG_6143
 これを機に悪徳商法に傾くか。

私は最近ゴムボートに興味がある。折りたためて軽量、エンジン搭載可能なやつね。車の後ろに乗せられるし、一人で組み立て可能。
最近はゴムボートも随分進化した。ちょっとやそっとじゃ破けない。ある意味FRPより強度がある。問題は手漕ぎ。これはまったく思った方向に進まない。水面に接している部分が多いからだが、軽い分風や波に流されやすい。この難点をエンジンで補う。軽いから免許も必要ない2馬力エンジンで十分。
IMG_6147

これからは体力が落ちる一方だし、腰だの肩だのが絶えず痛むから到底カヌー・カヤックの類はおぼつかない。それでも水の上にはいたいしなあ。
晩年はエンジン付き浮き輪かなあ。
って、2時間弱歩き回っていたら膝にきた。一通り見て回ったし、エンドウも満足したようなので野毛へ。
IMG_6149

一杯飲もうと思ったのだけど、時はまだ3時半。居酒屋はまだ開いてない。
仕方ない、子供のころから通っていた中華屋さん「萬里」で蟹玉や空心菜などをつまみに青島ビール。
まあね、アルコールはドクターストップに近いからこんなもんで十分だ。
エンドウの愚痴を聞きながら、リルが待ってるだろうなあと思ったら矢も楯も止まらず、暗くなる前に帰宅。
IMG_6132
 なに食べてきたのよ~




ささっと、この数日をまとめよう。2017年もあと一日だからね。

えーっと…
パジャマにダウンを着て息子を迎えに行ったのが水曜の午前1:30。『水曜の朝午前3時』はサイモンとガーファンクルだったっけ。まあ、家に帰って寝たのがそんな時間だった。
IMG_5744

連夜の明け方就寝で27日木曜も遅くまで寝ていたかったが、7:30にバイトに出かけた息子にギャンギャン吠えたてたリルに起こされ、グータラできずに終日実家で家内とお節づくり。どうにかお重に詰めるだけになった。それもスーパーで働く弟夫婦が元日出勤だからと昨日半分持って行かれた。
なんだ、あいつらは!

28日金曜は「ポストお節」の準備。
だいたい、この時点でもうお節料理に飽きているから、別な趣のものを食したい。
家内と久しぶりに中華街へ。

IMG_5746 (2)

今年も何度か行ったけれど、いつもリルが一緒だったからリルが入れる店しか行ってなかった。
1年ぶりくらいじゃなかろうかメインストリートを歩いたのは。
IMG_5747
高級レストランが並ぶメインストリートの様変わりにびっくりした。
なにより我が家で長く利用してきた「華勝楼」さんがなくなっていたのはショックだった。
昭和初期の建築でその装飾や部屋仕切りの円卓は、そこにいるだけで贅沢な感じがしたし、江蘇料理の実にさっぱりしたおいしい店だった。私の少ない友人たちの家族とはいつもここで食事したものだ。
今はどうでもいいようなテイクアウトの仮店舗で裏が駐車場になっていた。
「均昌閣」さんや、「新新」といった中堅どころの店が軒並み姿を消していた。
IMG_5748
代わりに、わけのわからぬ土産物屋とテイクアウトの店ばかり目立って、若い娘さんが焼き小籠包などを食い歩いている。これって、神戸に近い雰囲気じゃないの。
それでもかろうじて「永華楼」さんは残っていた。ここも昔からお世話になっている。なんかホッとした。
IMG_5750 (2)

翌29日は”電車”でどうにか鎌倉へ。横須賀線に乗るのは4年ぶりか?
この日は江の島近くに菩提寺がある友人タカハシが墓掃除に来るというので午後から会うことになったのだった。
電車も遅れたせいで少し待たせてしまったが、二人で鎌倉駅周辺を散策。
IMG_57522
 すでに正月飾り。

正月前の平日だし、首都圏では故郷帰りのピークだったから少しは空いてるだろうと思ったら、いやいやそんな事はない。
IMG_5753
 小町通の賑わい。

小町通の雰囲気は中華街と同じ。中華と和の違いこそあれ、やたらとテイクアウトの店ばかり。これを見たらとても、とても世界遺産登録なんて夢のまた夢。なんとも寂しいかぎり。
5分で若宮大路に抜け出す。
IMG_5754
 蕎麦屋。順番待ちでも黍団子を食べてる。

鎌倉彫はなんとか健在だったが、老舗の鰻屋や反物の店は閉まっていた。
タカハシと八幡宮前の鎌倉彫の店にふらっと入る。
ここ雪の下地区は鎌倉彫の彫師や塗師等の専門職人がいるところだったのだが、そういう人たちの家や店はもう傷んだり、傾いたりしてただの廃屋になっていた。千年の間に培われた伝統や技術が絶えようとしているのか?よくこんな状態で世界遺産候補に名乗りを上げたものだ。

私は滑川沿いの、若宮大路東地区が好きだ。
若宮大路を挟んで東と西では雲泥の差がある。こちらは閑静な住宅街で、豪奢な私邸も立ち並ぶ。
”私の鎌倉”はこの静かで落ち着いた昔ながらの町。
IMG_5758
 宝戒寺

まあ、おっさん二人だから若々しいエネルギーに押されるとたじろぐわけだ。
花の時期には小庭の美しい宝戒寺、日蓮辻説法跡、蛭子神社、恵比寿様の本覚寺と回っていく。
この滑川沿いは執権北条氏の滅亡ととても関わりが深い場所でもある。
宝戒寺は新田義貞に追い詰められた得宗家最後の高時(14代)が自害した場所の近く。付き従った一族郎党も後を追い、滑川は血で染まったという。ある意味、怨霊が彷徨うと忌み嫌われた地でもある。
北条は16代までとあるが、そちらは高時の分家に当たる筋。本家(得宗)高時の死をもって鎌倉幕府は滅亡となる。その後の鎌倉は新興宗派の拠点になったりしていく。
IMG_5757

まあ、そんな話をつらつら織り交ぜながら、老人二人がトボトボと歩いてるわけだ。
私が鎌倉で一番好きな場所は妙本寺。
妙本寺のある比企谷(ひきがやつ)は日蓮宗最初の寺社ということになっている。日蓮は宗派、寺社は持たなかったので弟子たちがその後あちこちで寺社を建てることになる。それでもこの妙本寺は北条によって一族滅亡に追い込まれた比企氏が聖人本人に寄進を申し出た最初の寺ということになっている。
その後日朗、日輪に受け継がれているから保守本流だろう。
荘厳にして簡素。土産もお守りも売らない。本堂はいつも閉ざされ(ガラス越しに中は見える)、ご本尊も見ることができない。だから秘仏なのかどうなのかもわからない。
まあ、団子食いながら上がってくる輩にはつまらないだろう。
なので、いつもひっそりとしている。
学生時代、罰当たりにもこのお寺さんの本堂で本を読みながらよく転寝をしていたっけ。谷間だから夏は涼しい。
この妙本寺を知ったのは立原正秋(この日、名前が出てこなかった)の小説「残りの雪」。酔芙蓉がイメージとして残る。

鎌倉駅前でコーヒーを飲み、東戸塚で酒を交わす。ほとんど塩の話と落語の話しか覚えてない。
定期券を忘れてきたタカハシに酒代を払ってもらったのは痛恨の極み。で、居酒屋をはしごしました。(内緒)
タカハシ、とても楽しかったよ。ごちそうさまでした!
IMG_5768
 出来上がってるよなあ。


今日は午後から今年最後のマリーナ。
フネの点検と給油のみ。あとはエンジンの調子を見るためにせいぜいマリーナの中を走らせただけ。
IMG_5775

今日は比較的暖かいので、ボートの人たちが”釣り収め”をしていた。ヨット連中はコクピットで昼間から飲んでご機嫌そうだった。
午後から行っても、すぐ日暮れるよなあ。
IMG_5774

Jollyhot にこの一年よく頑張ってくれたことを感謝し、またブラッシングしなきゃいけなくなったリルを気にしながら日暮れ前に帰宅。
明日は大晦日かあ。


このページのトップヘ